第61話:重い刀、軽い刀2

◆◆◆◆


 ツバキは呆然としながら刀を引いて、首を振りながら後ろに下がる。


「ち……違う……違うの……私、そんなつもりじゃ……。」


 傷口を押さえるも、ドクドクと血が溢れ出るディアの姿を見て、ツバキは涙を流し、呼吸を荒らげ、顔をクシャクシャに歪める。そして、その場から走り出そうとしたツバキのことをディアが抱きしめた。


「大丈夫……私、大丈夫だから……。」


 ディアは額に玉のような汗を滲ませながらも、痛いことを悟られまいと、歯を食いしばり、声を押し殺しながらツバキのことを抱きしめた。


 半狂乱になっていたツバキが、少しづつ落ち着きを取り戻していく。


「ご、ごめんなさい……本当に、ごめんなさい……」


 掠れるような声で謝るツバキを、ディアは抱きしめ続けた。

 

 私は男に脇差しを貸してもらい、小袖の袖を斬る。そして、それを、洗濯ように汲んだであろう桶の水に濡らし軽く絞った。


 ツバキが落ち着いたことを確認し2人に声をかける。


「悪いんだけど、ディア、ここに座って切られた方の腕を上げて。あと、ツバキは何でも良いから厚手の布を持ってきて。」


 ツバキは飛ぶように家の中へと入り、ディアは言われた通り腕を上げる。傷口から血がたれて、腕を伝い肩を濡らした。


「メッチャ染みるから我慢しろよ。」

「えっ……?」


 そう話し、濡れた布で傷口を押さえつける。


「いッッッッ――――――!!!!!!」


◆◆◆◆


 ディアの応急処置を終え、4人はジンロク爺さんの鍛冶場へと戻る。


 意外だったのが、口髭を生やした男がディアの止血を手伝ってくれたことだ。しかも医療の知識にも長けているのか、手際良くその場で出来る処置を行ってくれたのだ。


 ジンロク爺さんに事情を説明し、鍛冶師達のお抱え医師の診療所を教えてもらう。そして、若い衆に、私とディアを案内して貰った。


 医者にディアの傷口を見せたところ、斬られてからの処置が的確だったため、大事には至らないとのことだ。


 ディアの状態を早めに伝えてもらうために、先に若い衆は帰ってもらい、私はディアの治療を待った。


 診療室から出てきたディアは、左腕に包帯をまかれ、更に、その腕を三角巾で固定されていた。


「今日のお前は無茶し過ぎだ。」


 ディアの背中を刀の柄尻で小突く。ディアは困ったような笑顔を浮かべながらこちらを向いた。


「面目ないです。」


 ただ、あの状態でツバキを止めるには、”ああする”しか無かった。彼女の木剣は鍔元がかなり割れていたのだ。


 恐らくあの男の剣撃を真正面から受けたため、木剣が耐えきれなかったのだろう。その状態で、ツバキの八艘の構えから繰り出される剣撃を木剣で受けたら、木剣が割れ、頭や肩で剣撃を受けていたに違いない。


「しかし、何故ツバキのことを気にかけるんだ?」


「道場で初めて見たとき、何となく寂しそうにしていたので。」


「そうか? 私には、誰も寄せ付けないようにしていると感じたが?」


「それはたぶん、そうしないと自分自身を保つことが出来なかったんだと思います。寂しいけれど、その寂しさを自分で選んだことにすれば、少しだけ気が楽になるんですよ。ほら『寂しい』って思うより『私は自分から孤独を選んだ』って思った方が辛くないじゃないですか。」


 そう話すディアの横顔が、いつもよりも少しだけ寂しそうに見えた。


 空を見上げると、丁度、夕日が沈み群青色と茜色が溶け合うようだった。その中にポツポツと星々が見えたので、どちらのほうが多くの星を見つけられるか、競争をしながら鍛冶場へと向かった。


 しかし、鍛冶場へと向かう道の途中で、2人共どの星を数えてどの星を数えていないのか分からなくなり、顔を見合わせて笑った。


◇◇◇◇


「(どうして私がこんな面倒な役目に……。)」


 心の内を口に出したい気持ちをぐっと抑える。


 ジンロク爺さん、ツバキ、口ひげを生やした男、そして私……。私だけ明らかに部外者だ。しかしセツナに頼まれた以上、何も聞かない分けには行かない。この借りはいつか、絶対に、きっちりと返して貰うんだから。


 私は、男の方を見て頭を掻きながら話を始める。


「まあ、ディアちゃんが斬り合いに巻き込まれて怪我をしちゃったんだから、何でこんなことになったのか、分からないまま帰るわけには行かないんだよね。アンタ、何でツバキちゃんに恨まれてんの?」


「端的に言えば私が、私の息子、つまりツバキの弟を斬殺したからだ。」


 淡々と話す男の口ぶりに、頭に血が上り刀を握る手に力が入る。その姿を見てジンロク爺さんが首を振った。


「少し長くなるが良いか?」


「もちろん。出来れば納得する理由を聞かせて欲しいな。まあ、何を聞いても納得しないと思うけど。」


 男は罰が悪そうに目をそらす。


「ジンノ家は、代々、介錯人として公儀に仕える一族だ。」


 公儀介錯人――簡単に言えば死刑執行人だ。


 首を一太刀で刎ねなければならないため、かなりの剣腕が必要となる。ジンノ――確か、思い返せば介錯人としてジンノという名前を聞いたことがある。確か、”首切り神乃”……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る