第60話:重い刀、軽い刀1

◆◆◆◆


 持ち手の握りやすさ、構えた時の感覚などは、以前、戦争中に使用していた鉄(クロガネ)と変わらない。しかし刀全体が、夜空は疾走る彗星のように青白い。恐らく魔石を練り込んだためだろう。そして、最も特徴的な点は刃が無いのだ。


 男は私の刀を見て鼻で笑う。

 

「子供が模造刀で戦うのか? チャンバラ遊びのつもりなら、刀を納めたほうが良いぞ。私は子供が相手でも平気で斬り捨てる人間だからな。」


 笑われて当然だ。相手を斬ることが出来ないのだから、普通に考えれば刀としては失格だ。


 しかし、今の私にとって最高、そして最良の刀である。


 通常の刀であれば、相手を殺すこと無く制するには力を加減した峰打ちをで気絶させることが多い。しかし、峰打ちを狙うのであれば刀を返し、自分に刃が向くように構えなければならない。しかも、刀が逆に反ることとなるため、相手の攻撃を”いなす”などの際に、いつもと勝手が変わってしまう。


 製造期間を考えると、父さんがこの刀をジンロク爺さんに注文したタイミングは、私が”この姿”になるよりも前だろう。


 軽くて刃がついていない刀……。


 ”人や魔族を殺さずに生きること”

 ”刀を捨てられないこと”


 停戦後、私がこの相反する2つの考で、悩むことを見通していたのだろう。そして、ジンロク爺さんもその思いを汲んで、斬ることの出来ない刀――刀鍛冶としては屈辱的な刀を打ってくれたのだ。


「お前には分からないだろうが、この刀は世界で一番の名刀だ。それに私は子供ではない。」


 距離を取り刀を構え合う。お互いに正眼の構えだが、男の方が少し剣先が高い。私の眉間に剣先を合わせるように構えている。


 ジリジリと間合いを詰め、男の間合いに入った。身長差があるため、私の間合いから約半歩外の位置だ。


 男は一息ついた。その瞬間、私の刀を打ち下ろすと同時に地面を蹴り、刀を切り上げる。私は刀を下ろした状態のままバックステップでかわした。


 男は飛び込んだ勢いのまま、刀を振り下ろす。私は右足を下げ身体を半身にすると、私の眼の前を、物凄い風切り音を上げながら刀が通り過ぎた。


 男は刀を横にして横薙ぎを繰り出す。私はその剣先を鍔元で防ぎ、その反動を利用して男と距離をとった。


「子供なのに今の攻撃をかわすのか。」


「だから、子供ではない。」


 男の身のこなしは疾く技のキレも恐ろしい程だ。恐らく何処かの剣術の達人なのだろう。


 男が中段の構えを解き上段に構えなおす。それを見たツバキが目を見開いて声を上げた。


「だ、ダメです。逃げて下さい。私、父と一緒に帰りますから。だから、もうやめて下さい。」


 私は彼女の言葉を無視して腰を落とした。そして腰から鞘を外して納刀し両足に力を込める。鞘を持つ左手を斜め下に下ろし、右腕を曲げて刀の柄をしっかりと握った。


 今の私に出来る最速の斬撃――居合い切りの構え――。


 こちらの瞬きに合わせて、男が私の脳天に向けて刀を振り下ろした。


 同時に――私は彼の振り下ろしに合わせて刀を抜く。その瞬間、青白い私の刀の刀身が燃えるような紅色に輝いた。


 刀と刀が交差した瞬間、男の持つ刀の刀身が折れ切っ先が宙を舞った。


◇◇◇◇


「アンタは行かねぇのかい? あの男はかなりの手練だぜ。」


 ジンロク爺さんが心配そうな表情を浮かべ、私を見る。


「だって仕方ないでしょ。『私が見てくるから、リン姉はジンロク爺さんと待っていて。』って言ってきたんだから。」


「でもアイツは、身体は子供に戻り、力は女よりも弱っているって聞いたぜ。そんなやつが、あの男に勝てるのかい?」


「私に聞かれても知らないわよ! 相手の力量もよく知らないし。まあ、アイツ、あの身体になってから攻撃を”いなす”ことは上手になったから、死にはしないんじゃない?」


 ソワソワとするジンロク爺さんの前に立ち、新しい刀を手に取る。そして少しだけ鞘から引き抜いた瞬間、違和感を覚えた。


「この刀、刃がついていない……?」


「ああ、それは、お前らの親父からの注文だ。刃のついていない刀を作れってよ。」


「じゃあ、この刀は斬ることが出来ないってこと?」


「まあ普通はな。ただ、この刀は人の思いを汲み取る。そのため、強い思いを込めて刀を振れば切れ味が増すのさ。」


「へー。鉄と比べて、切れ味はどっちの方が高いの?」


「上も下もねぇよ。刀はあくまで道具だ。要は使い手次第ってことだな。」


「後払いなんでしょ? いくら?」


「1本につき、金貨150枚だな。」


「……返品って受け付けてる?」


◆◆◆◆


 宙えお舞った男の刀の切っ先が地面に突き刺さる。


 私は刀を中段に構え直すと、男が仁王立ちで腰から鞘を外し刀を納めた。


「私の負けだ……。止めを刺してくれ……。」


 男は刀を納めた鞘を腰に戻し、両手を下げ自然体になる。


「いや、私の刀を見ただろう。この刀では貴方を斬ることは出来ない。」


 そう話し背を向けると、ツバキが息を荒げ、目を見開き涙を流しながら地面に突き刺さった刀を引き抜く。


「なら、私が……私が殺します!!!! どいて下さい!!!! 殺してやる!!!!」


 八艘の構えを取り男に飛びかかる。その瞬間ツバキの前にディアが飛び出し、ツバキの持つ刀の鍔元に左腕を当てて制止した。


 ディアの左腕から血が吹き出す。その血は刀を伝いツバキの手を赤く染めた。

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