第59話:勇者と彼女達の関係8

◆◆◆◆


「この鍛冶場の鍛冶師は、鉄の代わりに無駄口を叩いているのかい?」


 小袖の上に家紋の入った立派な羽織を身に着け、背の高く、口髭を生やした男が、私の後ろにいつの間にか立っており、私とジンロク爺さんの会話に割ってきた。年齢は40代前半くらいだろうか。


 ジンロク爺さんは彼を見た途端、見るからに不機嫌になり男のことを睨みつける。何やら事情があるようだ。


「爺さんには私の方から話しかけたんだ。急ぎの用事かい? 我々は急ぎではないから先にどうぞ。」


 そう話して、私とリンは一旦ジンロク爺さんに刀を返して鍛冶場の端に避ける。男は「失敬」と短く断りを入れると、体幹が一切ブレない所作と足運びで私を避けてジンロク爺さんの前に立った。


「単刀直入に言おう。娘を返して頂きたい。」


「俺に言われてもなぁ。アイツに聞きな。」


「では、娘はどこにいるんだ。」


「知らねぇな。」


「貴方の家か?」


「知らねぇって言ってんだろ。」


 空気が重く、自分の作業に集中していた他の鍛冶師達も手を止めて、心配そうにジンロク爺さんを見ていた。


「失礼する。」


 男は踵を返す。

 ジンロク爺さんは、その男の背中に向かって話しかけた。


「どうせ、ツバキの前にてめぇが現れても、てめぇのことを突き放して終わるだけだぜ。」


 男は無表情のまま振り返った。


「別にツバキの気持ちは関係ない。私はツバキを連れ戻しに来ただけだ。」


△△△△


 洗濯をするツバキと、ツバキの脇にしゃがみ、その姿を眺める私――この状態が暫く続いていた。


 お互いに一言も話さず、かといって突き放すわけでもなく、お互いが存在を認識していないかのような、そんな状態で時間だけが過ぎていく。しかし、そんな時間も長くは続かなかった。


 口髭を生やした男が現れた。


 その瞬間、ツバキは洗濯物ごと水の張った、たらいを男に投げつける。男はサッと横に避けると同時に刀を抜き、刀の腹で飛沫する水滴を防いだ。


 ツバキは部屋の奥から真剣を取り出し、刀を抜き鞘を投げつけると同時に地面を蹴る。男は飛んでくる鞘を避けるが、ツバキはその回避動作を予測していたように、男の手首を狙い、斜め下から切り上げた。


 男は素早く刀を上段に構え、ツバキの攻撃をかわした。それと同時に肩口へと刀が振り下ろされる。


 彼女が斬られると思い、私はとっさに木剣を構え、男の刀とツバキの肩の間に木剣を滑り込ませた。


 木剣に打ち付けられる刀を見ると、男は刀が当たる瞬間に刀を回転させ峰打ちを狙ったようだ。とは言え、もしまともに入っていたら、肩から鎖骨にかけて骨折は必至だっただろう。しかし、そんなことは今のツバキに関係がない。


「殺す!!!殺してやる!!!今、絶対に殺す!!!!!」


 彼女は目を吊り上げ、半狂乱になりながら涙を流し叫び続けた。


 八艘の構えを取り、男に向かって飛びかかる。そして渾身の打ち下ろしを行うが、男はその威力を確かめるように、刀で受ける。


 ツバキは何度も刀を打ち下ろすが、男は丸で意に介さずに受け続け、やがて呆れたかのような表情をすると、ツバキの振り下ろしに合わせて刀をカチ上げた。そのまま、バランスを崩したディアの剣先を押さえつけた後、刀を巻き上げた。


 ツバキの刀は手から離れ、放物線を描き地面に刺さる。


 刀を失っても、なお殴りかかろうとするツバキに、男は刀を左手だけで持ち、空いた右手でカウンターを決める。


「全く……その程度か……出来損ないのクズめ。」


 綺麗に顔面を殴られたツバキは、両鼻から血を流し、可愛らしい顔の左側が紫色に腫れ上がった。しかし、それでも掴みかかろうとする彼女の横から私が割って入り木剣を構える。


「見ない顔だな。ツバキとはどういう関係だ。」


「ツバキちゃんはどう思っているか分からないけれど、私は彼女の友人だ。」


 男は呆るような表情を浮かべると同時に、私の肩口に刀を振り下ろす。私はとっさに木剣の鍔元で受けた。


 先程の、ツバキへの攻撃とは異なりしっかりと刃筋が立っている。木剣の幅の丁度半分くらいまで刀が食い込んでいた。


「ほう、全くの木偶という分けでは無いようだな。普通であれば、今の一撃で仕留められたのだが……。」


 この人は、私のことを殺そうとしている……そう考えた途端、心のそこに恐怖が生まれた。しかし、このままではツバキがどんな目に合うか分からない。決意を固めて刀を構えた瞬間、男の後ろに小さな影があらわれた。


◆◆◆◆


 ジンロク爺さんに言われ、家の様子を見に来たが、まさか本当に殺し合いが始まっていたとは……。

 

「真剣を抜くなんて、正気ではないな。」


 私は男の背に、刀の柄尻を付けて話す。


 通常、余程のことが無ければ行わない刀を抜くことはない。というのも、無闇に刀を抜いている様子をお上に見られると、それだけで刑罰の対象となるのだ。


「仕方なかろう。娘の方が先に抜いたのだ。そんな娘のことを教育するのが親の役目だろう。」


「『無闇に刀を抜いてはならない』なんて、もっと早くに教育しておけ。」


「不躾な娘ですまんな。本当に手を焼いているんだ。」


 男は言い終えた瞬間、私の腹を狙って鞘を押し込む。私は後ろに跳ねて避け、刀を抜いた。


 その刀は、今までに私が扱っていた刀とは少し異なっていた。

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