第58話:勇者と彼女達の関係7

◆◆◆◆


「貴女は、昨日の道場の……。」


 ディアが声をかけると、目を丸くして振り返った。そして、苦虫を噛み締めたような心底嫌そうな顔をした。


「私はこれで。」


 彼女はジンロク爺さんに礼をすると、ディアのことを無視して、そそくさと立ち去ろうとする。ディアは、そんな彼女の手首を掴み引き止めた。


「ねえ貴女、ここで働いているの?」


 彼女はディアの手を振り払い鍛冶場から出ようとするが、ジンロク爺さんが制止し腹の奥に響く低い声で話した。


「お客様に失礼な態度をとるんじゃねぇ。せめて挨拶くらいしろ。」


 彼女は溜息を吐くと、観念したような表情を浮かべ我々に頭を下げた。


「ジンノ ツバキと申します。いつも、刀之陸の刀をありがとうございます。これからもよろしくお願いいたします。」


 彼女が頭を上げると、ジンロク爺さんが綺麗に整えられたツバキの髪の毛に手を当てて、髪の毛をくしゃくしゃとしながら再び頭を下げさせた。


「コイツは無愛想で失礼なバカだがよろしく頼む。」


 ツバキはジンロク爺さんの手を払いキッと睨みつける。そしてそのまま、何も言わずに鍛冶場を立ち去った。


 ジンロク爺さんは寂しそうな瞳で彼女の背中を見送った。


「アイツの器量は悪かねぇんだが、どうも気が強くて仕方ねぇ。もうちっとだけ愛想よくすりゃあ良いのにな~」


「弁当屋ですか?」


 私の記憶をたどると、この鍛冶場の昼食は弁当屋を注文していた印象がある。弁当売の女性が毎日、大量の握り飯と少量のおかずを持ってきたはずだが……。

 

「アイツは俺の家に置いてやっている。ただで置いておくのもアレなんで、家事を全て任せているんだ。」


 思わず私の喉奥から「えっ!?」という声が出そうになる。リン姉を見ると、彼女も同じような反応をしている。


 というのも、ジンロク爺さんは結婚をしておらず、子供も嫌いなタイプだ。


 私とリン姉が目配せをしていると、我々の反応に気がついたのか、ジンロク爺さんは話を始めた。


「おめぇら、俺がガキを受け入れるなんて意外だろう。なんせ、俺が1番驚いているんだからな。」


「ジンロク爺さんは、『子供なんて邪魔なだけだ』とか言いそうだったから……」


「ちげえねえな。俺は飯が食えて眠る場所があって、後は鉄を打つことが出来れば、後は何だっていいんだけどよ。」


 そんな話をしていると、ディアはジンロク爺さんのことを確かめるようにジッと見ていた。


「ジンロクさんは、ツバキちゃんとどんな関係なんですか?」


「もとは遠い親戚だ。」


「何でツバキちゃんをはジンロクさんの下で暮らしているんですか?」


「それはツバキの問題だからなあ……どうしても知りたければツバキから聞くべきだ。」


 なおもディアはジンロク爺さんを、ジッと見つめると、彼は観念したように、ディアをチラチラと見ながら大声で話す。


「ガキが鍛冶場でチョロチョロとされると鬱陶しい。だから空になったお重をツバキが取りに来る前に、誰か俺の家に届けてくれると助かるんだがなぁ……でも、ここの職人達は、みんな忙しいからなぁ。」


◆◆◆◆


 私とリン、そしてディアは1人3重ね、計9つ重ねの大きな空のお重を持ち、鍛冶場の裏の坂道を下る。


 坂道の勾配はかなりキツく、距離も長いため、ちょっとした山のようだ。3人は上手くバランスをとりながら歩く。


 ツバキは毎日9重ねを一度に運んでいるのか。これならば、足腰と体幹、そして腕を支える背筋を鍛えることが出来る。

 

 坂道を降った先に丁字路があり、左に曲がると藁葺き屋根の木造家屋が現れた。


 中を覗くが人の気配はしない。持っていたお重をそっと置いて裏手に回ると、小袖をたすき掛けにしたツバキが、たらいに水を張り、一生懸命洗濯を行っている。


「私、彼女と2人で話したいことがあるんです。」


 ディアは私とリンを一瞥した。


◆◆◆◆


 私とリンは、先程来た道をたどり鍛冶場へと戻りジンロク爺さんに話しかけると、ジンロク爺さんはディアがいないことに気がついたのか質問をした。


「もう一人いたはずだが、どこに行った?」


「ディアならツバキちゃんとおしゃべりしたいらしく置いてきました。」


「そうかい。ただ、ツバキとおしゃべりねぇ……。アイツはとにかく人が嫌いだからよぉ……。面白おかしくおしゃべりなんて出来ないと思うぜ。」


「それなら、諦めてすぐに帰って来ますよ。」


「それならいいが、アイツの偏屈と頑固さは並じゃねぇからな~。」


 と話すと、ジンロク爺さんは「そうだそうだ」と何かを思い出したように、脇に置いてある鞘に収められた二振りの刀を手に取った。


 そして、それを私とリンに渡した。


「注文されていた刀だ。受けとんな。」

 

 ジンロク爺さんに渡された刀を手にした初めの感想は「軽い」だった。


 鞘を付けた状態だが、普通の刀よりも遥かに軽い。恐らく刀を抜けば木刀と同じくらいの軽さだろう。


「お前らの親父さんから刀を打つ際に2つ注文された。」


 ジンロク爺さんは椅子に腰掛け、椅子の下から脇差しを取り出した。


「1つ目の注文、なるべく軽い刀を作れだとよ。最悪、玉鋼(※)を使わなくても良いとかいいやがった。それじゃあ刀とは言えねぇだろ……。馬鹿にされてんのかと思って、意地になっちまったぜ。だから、玉鋼に魔石を練り込んで、脇差しよりも軽い刀を作ってやった。そしてもう一つの注文は……。」

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