第57話:勇者と彼女達の関係6
◆◆◆◆
夕食を食べ終えた後、リンの部屋に戻り、就寝準備を行う彼女に話しかけた。
「父さんが、ジンロク爺さんに刀を頼んでくれたらしいから、明日、取りに行こう。」
「え? 私も行くの? 私の鉄(クロガネ)はまだ使えるんだけど。」
そう言うと、部屋の隅に立てかけている刀を手に取った。
鉄――これはリンの持つ刀の名前だ。
鉄は彼女が15歳のときに、ジンロク爺さんにこしらえてもらったのだ。因みに私も15歳のときに、同じものを授かった。
鉄は恐ろしいほどの切れ味で、刃筋をしっかりと立てれば、力を入れずに振り下ろすだけで、簡単に人の首を切ることが出来る。
しかし、今の私からすれば振り回すには重いため、ギルドの金庫の中に厳重に保管をしているのだ。
「新しい刀を用意してくれたんだから、取りに行かないわけには行かないだろう。」
リンは露骨に嫌そうな顔をした。
「刀が増えると管理するのが大変だから嫌なんだけど……。」
「じゃあ、鉄をこの家に置いていったら?」
「そうしよっかな……。まあ、明日貰える刀次第だけどね。」
リンは溜息を吐きながら観念したように話す。
俺は布団を敷き終えると正座をしてリンの方を向く。そして、手をついて頭を下げた。
「父さんと真剣勝負をしたとき、母さんの制止を振り切って――痛い思いをしてまで、父さんのことを止めようとしてくれてありがとう。」
そっと私の肩に手を置いた。
顔を上げると、彼女は私の頭を両方の手で挟み込み、私のおでこに自身のおでこをくっつける。目をつむる彼女の長いまつげがかすかに震え、彼女の呼吸を感じるほど顔が近づいた。
「本当に……本っっっっっっ当に、心配したんだから。セツナは自分の命を軽視し過ぎなのよ!」
おでこを離し、安心したような――優しい視線で私の目を見る。彼女が私頭を抑えているため、潤んだ彼女の瞳から目が離せない。
「絶対に忘れちゃ駄目だからね。セツナのことを大切に思っている人がいるってことを……。ミリアさんやクラウディアちゃん……。そして、私だって、大切に思っているんだから。」
「ああ……。」
肯定はした……。しかし、もし私に恨みを持つものが私の前に現れたとき、私は相手のことを受け入れてしまう……そんな気がするのだ……。
私は、どうすればこの罪を償うことが出来るのか……分からないまま、これからも過ごすのだろう。
そんなことを考えていると、リンが私の頭に頭突きをかました。おでこから火が出そうな衝撃に頭を抑えていると、彼女は仁王立ちで手を腰に当てながら、呆れたような目で私を見た。
「今、適当に返事したわよね。アンタのことだから、どうせ『私は恨まれて当然の人間だから……。』みたいなことを考えていたんでしょ。バカじゃないの?
仮にアンタのことを恨んでいる人が現れたとして、『いつでも殺して下さい。私は殺されて当然です。』みたいな顔をしていたらどう思う?
復讐される側なんて、『最後まで生きていたい。誰を犠牲にしても生きていたい。』みたいな、ゲス野郎の方が良いに決まっているんだから、アンタも少しはそういう図太い人間を目指しなさいよ。」
「すまん……リン姉、ありがとう。」
リンの言うことは一理ある。私が復讐者であれば、私のような人間は復習する価値もないと軽蔑するだろう……。
私は目の前の出来ることを行うしか無いのだ。俺の出来ること……。そう考えた瞬間にハッとした。
「リン姉、伝えておかないといけないことが1つあるんだ……。」
「何?」
「刀の代金、後払いで我々持ちだって……。」
「……。」
◆◆◆◆
翌日、リンとディアを連れて、重い足取りで隣町へと向かう。
雲ひとつ無い快晴、遮るものが何もない太陽の光は、涼しくなり秋の訪れを感じさせてきた最近の空気を、一気に夏に引き戻した。今日は、ここ数日の中で気温の高い日だった。
土作りの道と照り返しの少ない木造建築により、多少は暑さを紛らわせることが出来ているが、それでも最近までの涼しい気候から、残暑の残る気候に引き戻された影響で、体感的に暑く感じる。
しかし、足取りが重い理由は、この暑さによるものではない。刀の代金の支払いだ。
侍の国では、刀の相場は大体、金貨10枚~100枚だ。ジンロク爺さんの刀は人気があり品質も高い。そのため、大体金貨100枚は必要だが、セツナもリンも、月々手取りで金貨25枚程度なのだ。
仕事道具のため、経費でカバーして貰えるとは”思う”。しかし、それが振り込まれるのは、次の給料日だ。
今、私が銀行に預けている金額が、大体金貨100枚程度。これはリンも同じくらいらしく刀を購入した瞬間、次の給料日までの間、私とリンは0円生活を余儀なくされるのだ。
私とリンは乗り気ではないまま、ジンロク爺さんの鍛冶場にたどり着いた。木造造りの平屋で、昨日訪れた道場よりも広い。
開けっ放しになっている大きな扉の奥には、ジンロク爺さんの弟子らしき若い衆が一生懸命に鉄を叩いている。
その若い人達の奥に、頭に手ぬぐいを巻いた、見るからに頑固そうな爺さん――ジンロク爺さんが座っていた。
私が声をかけようとしたその時、昨日、道場にいた剣術少女が、沢山のお重を持ち小走りで私の横を通り過ぎた。そして、若い衆の隙間を縫って、ジンロク爺さんの前に沢山のお重を置く。
「お弁当持ってきたので、皆さんで食べて下さい。」
と、事務的に話した。
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