第65話:勇者が刀を振る理由1

◆◆◆◆


 一心不乱に蒼月を振っていると、修練場の扉が音もなく開き父が入ってきた。彼の手には木刀が2振り握られている。


 一通りの形を終え蒼月を鞘に納めると、父が私に向かい徐ろに1振りの木刀を差し出した。


 私はその意味を理解し、木刀を受け取り構える。それに合わせて父も木刀を構えた。


 私にとって、この里帰りの最大の目的は強くなることだ。


 先日の赤線内の人々による暴動未遂の際、リンの助太刀が無ければ貴族達に危害が及び、ブルーノ達は処刑されていたかもしれない。


 もしセルジュの護衛との攻防において、あのまま戦いを継続していたら、私は敗北し、フェリシアのことを危険に晒していたかもしれない。


 私が強くならなければ、この先、周りの人達を危険に晒すかもしれないのだ。みんなを護ることが出来るだけの力を身につける必要がある。


 そして、その先こそが、皆が納得する死に繋がる――そのように思えるのだ。


「よろしくお願いします。」


 私は頭を下げると同時に横薙ぎに斬りかかると、父は木刀の腹を使い、私の木刀の切っ先をすべらせた。私が体制を崩した首元に木刀の切っ先を当てる。


「もう一本お願いします。」


 私は再度頭を下げて木刀を構える。今度は父の剣を裁こうと考え、足を開きやや後ろに重心を傾け、腕を少し伸ばした構えをとる。


 父は私が攻撃を待っていることに気がついたのか、地面を蹴り袈裟斬りを仕掛けたように見えた。私はそれを”いなす”動作を取ろうとしたが、実際は袈裟斬りではなく突きが繰り出され、私の左肩に”トン”と木刀の先端が当てられた。


 父は紛れもなく剣の達人だ。しかし、何か特出した凄い技を持っているわけではない。基礎が完璧に身についているのだ。


 刀を振るう際に、通常は何らかの予備動作がある。


 過去の戦いの経験から、その予備動作を察知して、”避ける”、”防ぐ”等の対応が出来るのだが、父は何十年もの間、毎日……それはもう気が遠くなる程の基礎を重ねた結果、予備動作無く斬撃を繰り出すのだ。


 それにより、動き始めを察知して攻撃を予測することは困難であり、予測をしても実際の動作が外れてしまう。


 さらにフェイントなども混ぜられると、もはや、動作を見てから防ぐことなど不可能に近い。


 王国へと渡り様々な人や魔族と戦ってきたため、父の動きについて行けると思っていたが、やはり父は遥か先を歩んでいるようだ。


「もう一本お願いします。」

 

 今度は、先の先――父の防御が間に合わない程、疾い攻撃を行うため、重心を前に倒して木刀を構え直した。


◆◆◆◆


 父と刀を交わして1時間以上は経っているだろう。


 その間に何度も、攻め方を変え、技を変え、フェイントを織り交ぜ、……、様々な方法で父のことを切り崩そうとしたが、結局1本も取れなかった。


 構えを取りながら攻め方を考えていると、父が木刀を収めた。


「このままでは切りが無い。1度休憩にしよう。」


 私も木刀を収めて、膝から崩れるように座り込んだ。


 次の瞬間に何を打たれるか分からない緊張感を保ちながら、相手を攻め崩す方法を考えそれを実行する。1時間強の稽古でかなり消耗をした。

 

 俯く私の前に父が座る。


「お前は本当に弱くなった。特に心が弱くなったな……。」


 心が弱くなった……。自分でも薄々気がついていた。


「前に真剣勝負をしたときにも思ったのだが、もしかして、お前は自分が死んで当然の人間だとでも思っているのではないか? お前の刀は、迷いがなく真っ直ぐの刀だ。一見良さそうに思えるが、これほどまで迷いない刀は、単に破れかぶれなだけだ。


 それにお前は、”皆が納得する死”を望んでいるそうだが、そんなもの、あるわけが無いだろう。お前が、どんなに素晴らしい死に方をしたとしても、私は絶対に納得などしない。それに、母さんやリン、ミリアさんやクラウディアさんは悲しむだろう。お前が望むものは雲を掴むがごとく、存在のしない幻想だ。」


「じゃあ、私はどうすれば良いのですか? どうすれば私の刀の露となった者達への弔いが出来るのでしょうか。」


「そんなもの、正しく生きる以外に無いだろう。」


「正しく生きる……。」


「皆が納得するように生きるんだ。眼の前に映る人々を助け、困っている人には手を差し伸べる。それを一生涯続け、お前に恨みを持つ者すら、納得するように生きるしかなかろう。」


 その後、再び父と木刀を交えた。朝飯も取らずに戦い続け、昼過ぎにようやく父から一本を取り稽古が終わった。


 私が父から取った一本は、迷い、悩み、心に決めて放った一撃だった。


◆◆◆◆


 稽古が終わり、修練場から出ていく父を見送った後、部屋の端を見ると、いつの間にか修練場に来ていたディアが右手だけで竹刀を構え、リンと稽古を行っていた。


 ディアはもともと、右手だけでサーベルを構える形も得意であるため、両手で正眼に構える姿よりも慣れているように見える。


 リンも同様のことを感じ取ったのか、右片手構えのディアから繰り出される様々な形を見ては、それに対する返しの形を寸止めで放っていた。


 そんな姿を見ていると、徐ろに修練場の扉が開いた。

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