第66話:勇者が刀を握る理由2
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修練場の入口に目を向けると、小袖姿のツバキが扉を開け一礼をしていた。ツバキは顔の左半分が包帯で覆われている。昨日、ツバキの父親から受けた傷のせいだろう。
頭を上げ、静々と修練場へと上がと、彼女の姿に気が付いたディアは、小走りでツバキのもとへと駆け寄り、そのままの勢いでツバキに抱きついた。
ツバキは、少しよろめきながらもディアのことを抱きとめる。
「私が診療所に連れて行ってもらっている間に、貴女がお父様と家に戻ったって聞いて、私、心配していたんだから。」
「私はもう大丈夫。弟を斬った父のことを納得したわけでは無いけれど……でも、今は母さんの側にいたいから……だから、戻ることにしたわ。そして、今、母さんのお腹の中にいる子供が刀を自在に振れるようになるまでは、父への復讐は待つことにする。その時まで”家のこと”や”父の気持ち”を考えて、それでも許せないときは必ず父の首を刎ねる。」
ツバキはディアの肩に手をおいて身体を引く。そして、腰に刺していた刀を外しディアに差し出した。
「新しい弟が成長するまで――大体10年くらいの間、私には真剣は不要になる。だから、この刀を貴女に貰って欲しいの。」
「『刀は武士の魂だ』って聞いたことがあるわ。私が貴女の魂を貰うことなんて出来ない。」
「貴女だから私の刀を渡すことが出来るの。自分のことを犠牲にしてまで私のことを止めてくれた貴女だから。それに、刀も長い間使われずに飾られるよりも、貴女のことを護るために使われたほうが喜ぶと思うわ。」
ディアはそう話すと、自身の持つ刀をディアの右手に握り込ませた。そして、その手の上から自身の両手を重ね、おでこを付ける。
「この刀は刀之陸作、水斬之白鉄(ミズキリノシロガネ)。今から約1年前に打たれた、絶対に折れない――刃こぼれすらしない刀。もちろん並の刀よりも遥かに良い切れ味よ。貴女はギルド職員として、日々、戦いに身を置いていると聞いたわ。そんな貴女のことを、きっとこの刀が守ってくれる。」
「ありがとう。でも、やっぱりこの刀を貰うことは出来ない。だから、私が未熟な間だけ預かっておくわ。もし、私の実力が十分になって、剣の性能に頼る必要がなくなったときに、侍の国に返しに来るから。」
◆◆◆◆
暫くすると、ツバキの父親も修練場へと入ってきた。
私達の父の元へ詫びと礼に行き、その後、この修練場へとやってきたとのことだ。
彼は私とディア、そしてリンの前に正座で座り頭を下げる。
「この度の非礼、大変申し訳無い。貴方達に迷惑を掛けるのみならず、剣士であるクラウディアさんの腕に傷をつけてしまうなど、あってはならぬことだ。」
そして、頭を下げたまま袖の中から3枚の鍔を取り出し床に並べた。その鍔は五つの葉を持つクローバーのような形をしている。
「この鍔は、魔石が練られている特殊なものであり、刀に付けることで魔術による攻撃を軽減してくれるはずだ。貴方達は皆、王国にて戦いに殉じる職に就いていると伺っている。微力ではあるが、これが貴方達のことを守ってくれるよう願っている。もし、迷惑でなければ是非お使いいただきた。」
リンは彼の肩に手をおいて、頭を上げるように促す。そして、彼が頭を上げたところを見計らって、ディアが膝をつき口を開いた。
「私は王国のギルドにて冒険者達の支援を行っています。”斬り死に”、”討ち死に”は覚悟しているので、この程度の傷、お気になさらないで下さい。それよりも、ツバキちゃんのことをしっかりと考えて上げて下さい。私が人様の家のことに口出し出来るような人間ではありませんし、色々なお考えがあるのだと思いますが、よろしくお願いします。」
ディアは言い終えた後に最敬礼を行った。ツバキの父は彼女の敬礼に合わせて、再び頭を下げた。
◆◆◆◆
ディア、リン、ツバキの3人が女子同士で話をしている中、ツバキの父が徐ろに、バツの悪そうな表情を浮かべながら私の前に座った。
「どうかしましたか?」
私が彼に質問をすると、彼は静かに口を開いた。
「失礼を承知で聞かせて貰いたい。貴女はツバキよりもさらに若いように見受けられる。しかし先日、私のことを退け、私の刀を切断した。貴方のような若さで、それ程の技術を身につけることは中々信じがたいことです。出来れば、その剣技をどのように身に着けたか教えて欲しい。」
「貴方は大きな間違いをしております。私はツバキさんよりも年上です。今年で齢22歳になりました。」
「なんと! 大変な失礼を……。ずいぶんと若く見えたもので、つい……。」
「ええ、私はもともと、見た目と年齢に相違のない体躯をしておりました。しかし、神の手によってこの様な身体に変えられたのです。」
年齢が若返った時の話をすることは、かなり抵抗がある……というか面倒なのだ。
正直に話したとしても、話半分でしか聞いてもらえない。それどころか、私が本当の話をしていても、嘘であると決めつけているような質問をされることさえある。
そのため、ディアとの自己紹介で説明したように、”戦時中に謎の人物に呪いをかけられた”ことにしているのだが、この人は、しっかりと聞いてくれそうな雰囲気がある。それに、彼自身、私が変にごまかすこと無く話すことを期待しているように見えた。
「私は王国で勇者と呼ばれておりました。数年前に、魔王を封印し魔族と人間の戦争を停戦に持ち込んだ人物、それが私です。」
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