第67話:勇者が刀を握る理由3
◆◆◆◆
「にわかには信じがたい話だが……その若さであれほどの強さを見せつけられれば納得せざるをえまい。」
ツバキの父は、目を細めながら顎に手を当てながら空を見る。半信半疑なのだろう。それは当然だ。
現在、若返りの魔法は発見されていない。もし、若返りの魔法が確立されれば、人々の寿命は現在に比べ遥かに長くなるだろう。
「しかし、神の手により現在の姿にされたと話されていたが、何故、神は貴方のことを今の姿に変えたのだろうか。まさか、神と戦ったわけではあるまい。」
「ええ……私は、魔王を封印したことによる褒美として国王様より、何でも願いを叶えてくれる神への拝謁を承リました。その際に、死を願ったのです。私に恨みを持つ全ての者が納得する死を……。」
「それは何故。」
「私は勇者として、多くの敵、そして味方を殺したためです。私の仕事は、敵を打ち倒すだけではなく、味方の中で良からぬ考えを持つ者の処刑も行ってきました。私が斬った中には、斬る必要の無い者が何人もいると思います。そんな、迷いを拭えずに刀を振り続けたある日、私のせいで、沢山の戦争とは無関係の民間人、民間魔族を死なせました。停戦後、彼らに償いを行おうと思いましたが、亡き者に対する償いなどは見つからず……そのため、縋るような思いで神に死を願ったのです。」
ツバキの父は腰に刺した刀を引き抜く。昨日使っていたものとは別の刀なのだろう。曇りや油1つ付いておらず、刃に美しい刃文が施されており、修練場に入る陽の光に照らされてキラキラと光っていた。
「この刀は、まだ1人も人を殺めたことのない刀です。しかし、来月の今頃には、少なくとも1人は、この刀で介錯を行っているでしょう。貴方は何人の者を殺めたか覚えておりますか?」
「いえ……覚えていません。」
「私は今まで、308人の首を撥ねてきました。大体、1ヶ月に1人の計算です。この中に私の息子もおります。」
彼は刀を天にかざし、目を細めて刀身を眺める。
「ご存知だとは思いますが、人の首を刎ねる時の感触は、とても生々しく――そして、何人の人を斬り殺したとしても、その感触に慣れることはありません。これは良心の呵責によるものでは無く、同族を殺すことに嫌悪感を抱くという、動物の持つ本能だそうです。しかし、私は時々思うのです。剣士に生まれて良かったと。」
「それは何故ですか。」
「人の命を終わらせる感触を得ることで、その人の命を、少しだけ背負うことが出来るからです。もし、私が魔術師に生まれ、魔術で人を殺したとしましょう。そうしたら、恐らく刀で斬り殺したときほどの罪悪感は無いでしょう。私が斬る相手は、基本的には殺されて当然の罪人です。しかし、たとえ相手が罪人であろうと、両親がおり、家族がおり、彼のことを思う人がいる。罪人ではない人を斬ったときなどは最悪です。私の両の手には、今だに息子を斬った時の感触がハッキリと残っております……。」
鞘に刀を納める。彼は私と対峙したときとは別人のような穏やかな表情を浮かべて、私の方へと突き出す。私は刀を受け取って少しだけ刀身を引き抜いた。
「刀の重さは、人の命の重さです。その手に残っている感触は私に斬られたものが生きてきた証です。貴方は神に『恨みを持つ全ての者が納得する死を願った。』とおっしゃられましたよね。であれば神は、さぞかし困ったことでしょう。なんせ、貴方が死んで納得するものなんていないでしょうから。」
「先ほど、父にも言われました。『恨みを持つ全ての者が納得する死など無い。皆が納得するように生きろ。』と。」
「貴方のお父様の言う通りです。少なくとも私は、罪人を斬ることで罪を作り、罪人を斬ることで罪を償っております。矛盾するかもしれませんが、それこそが公儀介錯人の本懐であり、私の父も、祖父も、先祖代々こうして生きてきたのだと思います。しかし貴方は、私達のような不器用な生き方をする必要は無い。貴方の腰に刺した刀で、人々の幸せを護って下さい。」
「私の責任ではあると思いますが、戦争が終わり、これから刀の時代は終わると考えております。そんな時代に、刀1つでは人々の幸せを護ることは出来るでしょうか?」
「それは分かりませんが、少なくとも私は昨日、クラウディアさんを斬ることも、ツバキに折檻を行うこともございませんでした。私自身も含めて、少なくとも貴方は、昨日だけで3人を救っております。」
「それは、貴方自身のおかげではありませんか? 昨日の貴方の剣には迷いが見えました。だから、こんな身体の私でも、貴方の上段からの斬り下ろしに対応できると考えて抜刀しました。もし貴方が全力なら、私の首は胴と繋がっていたかどうか……。」
ツバキの父は、驚いたような表情を浮かべて私の顔を見たかと思うと、膝を叩き、吹き出すように大笑いをした。
「それは私のことを買いかぶりすぎです。昨日の戦いは貴方の実力による結果ですよ。」
そして彼が立ち上がったと同時に私も立ち上がり刀を返す。
「新しくこしらえて貰った刀が軽くて本当に良かったです。今の私には重い刀は扱いきれません。」
「それは当然です。私だって、この刀の重みに耐えられるかどうか……。しかし、今まで斬ってきた人達のことを考えると、刀を置いて逃げることなど出来ません。それは貴方も同じでしょう。であれば、1人でも多くの人達のために、刀を振り続けるしかありません。」
私はツバキの方を見る。彼女はリンとディアと共に、形の動作と対策を議論しているようだ。
「ええ。ただ、刀を持たないときは、彼女のことを気にかけて上げて下さい。」
「……そうですね。アレとは、これからしっかりと話しをして行こうと思います。」
「是非。」
そう言って頭を下げる。彼は手慣れた手つきで腰に刀を挿すと、ゆっくりと彼女達のもとへと歩き、ツバキの頭に手を置いた。
ツバキは面倒くさそうな顔で彼の手を払い、何かを抗議しているように見える。
そんな姿が微笑ましく、思わず笑ってしまった。
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