第78話:サキュバスの巣6

◆◆◆◆


「ではよろしいですね。貴方は私に負けたのですから、しっかりとよろしくお願いしますよ。」


 キングサイズのベッドの上で、アリスさんと私は、お互いに正座で膝を突き合わせて座っていた。


 2人共バスローブだけを羽織った姿で、はたから見ればこれから行為を行う男女のように見えるだろう。しかし、アリスさんの表情は真剣で、私は少しフラフラとした状態だ。


 おそらく普段の私であれば、ガッツリと開いているアリスさんの胸元に目線が持っていかれると同時に、眼福して元気が出るだろう。しかし、昨日、死ぬかと思うほど絞られたため、今の私は本物の賢者よりも遥かに賢者になってる。

 

 アリスさんの要求は彼女の御付き――と言っても、彼女は娼館の中でほぼ全ての時間を過ごすため、主な業務は身の回りの世話だ。


 しかも、洗濯は娼館内の侍女達が行う。


 まあ、料理も娼館専属のコックが作っているらしいのだが、アリスは私の手料理が食べたいとのことで、コックから料理を習い、彼女の料理を私が作ることとなった。


 その他に、掃除や彼女の使用する物品の補充など、本当に身の回りの世話を全て行わなければならない……。もしかしたら、ギルドの仕事よりも過酷かもしれない……。


 そして、もう一つ彼女からの要求が合った。それは……。


 ベッドから立ち上がり部屋から出ようとする彼女を見送る。


 彼女は扉の前に立つと、バスローブを揺らしながら振り返り私の方を向いた。そして両手を前に出す。


 彼女の所作を見て、何を望んでいるのか理解出来なかった私は、彼女の姿をポカンと見つめていた。すると、彼女は両手を突き出したまま頬を膨らませ、不機嫌そうな表情を浮かべる。


「これから私、お風呂で身を清めてから、お客さんの相手をするのよ。頑張ってお仕事をしてくるの。だから、ギュッて抱きしめて『いってらっしゃい』って言って、よしよしして。」


 そう話すと突き出した手をパタパタと上下に動かした。


 このまま、しらばっくれることも出来そうに無い。仕方なく彼女の首と腰に手を回す。彼女の方が身長が高いため、私は背伸びをして彼女を抱きしめた。


「いってらっしゃい。」


 そう話し体を離すと、彼女はなおも不満そうな表情を浮かべていた。


「60点。」


「何故? しっかりと抱きしめて『いってらっしゃい』を言ったのに。」


「だって貴方、仕方なく私のことを抱きしめたでしょ。明日からは、『本当は他の男に抱かせたくなんか無いけど、仕事だから仕方なく見送る。』的な感じで抱きしめて。」


 内心、「(面倒くせ~)」と思いつつも、笑顔で頷く。


 彼女のもう一つの要求は「まるで新婚夫婦のように振る舞うこと」だった。これから私が彼女の御付きをする2週間の間、2人きりの時だけは「世界で一番愛し合っているような振る舞い」をして欲しいとのことだ。


 正直、アリスさんのことを一番愛することは難しい。確かに彼女は絶世の美女だ。


 今まで出会った女性の中でミリアと並ぶくらい美しいだろう。しかし、知り合ってから間もないため、彼女のことを何も知らない。その旨を彼女は困ったような表情を浮かべながら話した。


「そうよね~。今すぐじゃなくて良いわ。ただ、私のことを知りたいと思って頂戴。私の良いところを沢山見て頂戴。私も、貴方のことを沢山知ろうとするし、良いところを沢山見つけようと思うわ。」


◆◆◆◆


 彼女が部屋を出てから、掃除と買出しを行った。そして、夕方に厨房へと向かうと料理担当のコック達が、厨房内を忙しく動き回っている。誰に声をかければ良いものかと、ウロウロとしていると、コックたちの中で最も若いであろう少年に声をかけられた。


「貴方がセツナ=タツミヤ様ですか?」


「ええ、よろしくお願いします。」


「アリス様から聞いております。これから2週間、よろしくお願いいたします。」


 そう話し深々と頭を下げる。年齢は14~15歳くらいだろうか。髪の毛は短く刈り上げており、その上から三角巾を結んでいる。


 コックの少年は顎に手をあてて天を仰ぐ。


「何を作りましょうか……? 簡単なものですとシチューとか、カレーとか……でしょうか?」


「シチューにしよう。アリスさんの好みが分からないが、シチューを嫌いな人は少ないだろう。」


 私がそう話すと、少年は玉ねぎ、じゃがいも、人参を準備した。


◆◆◆◆


 アリスの部屋に作り終えた料理を運ぶ。アリスの部屋には魔石の力で着火する小さなコンロが設置されているため、そのコンロの上に鍋を置く。


 暫くすると、鍵を開ける音が聞こえてゆっくりと扉が開いた。私は彼女を出迎えるため扉へと向かうと、彼女は口を抑えながら、


「ごめんなさい。今は近寄らないで……。早く、ご飯にしましょう。」


 と話す。不思議に思いつつも、シチューを温め直して更に盛り付けテーブルの上に晩飯の準備をする。硬めのパンに、少し味を濃いめに作ったシチュー、そして、有り物で作ったサラダ、初めての料理にしては上々だろう。


 料理を前にしても、彼女は以前口を手で抑えたまま何も喋らない。


 まだ、出会ってから丸1日程度しか経っていないが、彼女がこれほど閉口しているのは初めてだ。


 体調でも悪いのかと思い彼女の顔を覗き込むと、彼女は顔を反らせた。

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