第81話:サキュバスの巣9

◆◆◆◆


 シェルクルールを出て路地を2回曲がった所にある馬車の停留所へと向かう。


 停留所にはシェルクルール御用達の業者がおり、それまで吹かしていたタバコを処理して、馬車の扉を開けた。


 ブランシュと私は馬車へと乗り込み一息つくと、彼女は馬車の脇につけられた小さな窓を開けて外を眺める。


「ブランシュは馬車から外を眺めるのが好きだね。町並みを眺めるのがそんなに楽しいかい?」


「ええ、もちろんよ。だって外に出る機会なんて買出しのときくらいだもの。」


「買出しのときくらいって、一週間に1度は外に出ているってことだろ。」


「”今は”そうね。でも私が人気嬢になって、他の人に買出しを任せるようになったら、中々外に出ることなんて出来ないわ。だから、今のうちにしっかりと外の様子を目に焼き付けて置かないと。」


 そう話すと彼女は私の肩を抱き寄せた。


「当たり前だと思っていたことが、突然当たり前じゃなくなるなんてザラよ。この風景もそうかも知れないわ。だから、貴方もしっかりと目に焼き付けておきなさい。」


 そう話す彼女の横顔は、普段の気丈な表情とは打って変わり、どこか少し儚げだった。

 

 初めて彼女と一緒に中央市場へと買出しに行った際、彼女の過去について少しだけ聞いた。彼女が中央市場の地理に詳しかったため、「何故、これほど中央市場に詳しいのか」と聞いたのだ。


 彼女の家は小さなレストランを経営していたらしい。そのため、両親と食材の仕入れのためによく来ていたため、彼女にとって、中央市場は庭のようなものらしい。


 しかし、シェフである父親が亡くなってから彼女の人生は一変した。たった1人で全ての料理を作っていた父親の代わりなどおらず、レストランを畳んだとのことだ。そして、母親は愛する旦那を失った埋め合わせをするかのように、新たな男を作り家を出ていったのだ。


 ブランシュのことをシェルクルールへと売り飛ばして……。


 ブランシュが私にこのことを打ち明けた時は、まるで何でもない事のように、淡々と話した。しかし、この出来事は彼女の中でまだ整理が付いておらず、淡々と話すことしか出来ないように見えて、胸が締め付けられるようだった。


 そんな彼女のことを眺めていると、こちらを向いた彼女と目が合った。彼女はキョトンとした表情を浮かべていたが、暫く経つとバカにしたようなニヤニヤとした表情を浮かべ顔を近づける。


「あれ~? もしかして、私のことを”可愛いな~”とか思っちゃった?」


「いや、別にそんなことは思っていないよ。」


「ホントぉ~? まあ、私ほどの可愛い女の子、中々いないから仕方ないわね~。 だって、パパとママのお店では、常連のお客様から、可愛いって言われてチヤホヤされて、おひねり貰ったりしていたからな~。」


「いや、別に……。」


「私はプロだから、タダじゃサせてあげられないな~。それにセツナはまだ子供だから、大人になったら相手をしてあげる。」


 ブランシュには私が22歳であることを話していない。もちろん自己紹介はしたが、年齢のことを話すと面倒になりそうなので伏せているのだ。


 そんな話をしている内に馬車が停車した。中央市場付近の停留所に付いたのだ。業者に礼をして市場へと歩こうとした瞬間、ブランシュが私の方に手を差しだす。


「手くらいは繋いであげる。タダで私に触れることが出来るなんて、今だけなんだから感謝しなさい。」


 まさに、ドヤァと音が出そうな程のドヤ顔を浮かべる彼女の手をとると、私のことを引きずるように歩き始めた。


「買い物なんて、早く済ませるわよ。」


◆◆◆◆


 ブランシュのお陰で、買い物は恐ろしいほど早く終わった。しかし、1週間分の消耗品を、それもブランシュの買ったものまで持たされたため、両手で抱えなければ運ぶことが出来ない程、大きな紙袋を抱えることとなった。


 彼女に道案内をされながらなんとか馬車の停留所までたどり着き、馬車の中に荷物を放り込む。


 椅子の背もたれに紙袋が上手い具合に立てかかった。その紙袋の横と前に私達が座る。


 ブランシュは紙袋の中から小さな瓶を1つ取り出した。そしておもむろに瓶の蓋を開け鼻を近づける。


「本当に良い香り。でも貴方、こんなに良い香りをよく知っていたわね。」

「これは、私も他の人から紹介されただけなんだ。」


 昔、ミリアと一緒に中央市場へと訪れた際に教えてもらった香りだ。


 ミリア曰く、「良い香りで若い人向けらしく、元気の良いディアなどにはピッタリ」とのことだ。ブランシュもどちらかと言えば、元気な少女であるため、合いそうな香りだとは思ったが。


「部屋に戻ってからにした方が良い。こぼすぞ。」


 そう話すと、彼女は渋々といった様子で瓶を紙袋にしまった。


「ふ~ん、貴方、香水の香りを紹介してくれる知り合いなんているんだ。」


「まあね。」

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不徳の勇者、溺愛メイドに御奉仕される ~勇者「俺はショタ化したが大人だから自分でできる」メイド「大人ですか……では、夜の御奉仕も精一杯ヤらせて頂きますね」~ 尾津嘉寿夫 ーおづかずおー @Oz_Kazuo

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