第42話:勇者の里帰り3
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私とミリア、そしてディアは汽車へと乗り込んだ。
汽車は近年出来た技術で、”炎”と”水”そして一部”雷”や”風”の魔法を複合して作成された、近代技術の結晶だ。
元々は戦時中に大量の物資や人員を素早く運搬するために作られた技術だが、停戦後は民間にも開放され、馬車に変わる移動手段として使われだした。
汽車の窓を覗くと、外の風景が物凄い勢いで後ろへと流れていく。
汽車は馬よりも早く、さらに魔法と機械で動かしているため休憩無しで長距離を移動できる点が非常に優れている。将来的には国中に線路が通され、馬車の時代は終わりを告げるかもしれない。
目的地は、貿易の国――ここは、我々の住む王国の遥か東に位置している。海に面した国で、複数の港町や馬車馬の乗り継ぎ地点、そして、汽車の駅が多数ある。
名前の通り、古くから貿易で栄えた国であり、街全体が整備された大きな市場となっている場所すらある。王国の中央市場など比較にもならない程の大きさだ。
汽車に揺られること丸1日、ようやく貿易の国に到着した。
本当ならここで買い物でもしたい所だが、今回の目的は侍の国である。我々は巨大な市場を後に、港へと向かった。ここから船で、東へ半日程揺られた所に侍の国があるのだ。
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まるで城の石垣のように、石を美しく積み上げられ作成された船着き場に、我々の乗り込んだ船がゆっくりと停泊した。
海の上から半日ぶりの地上へと降り立つと、目の前には6年前と変わらない町並みが広がっていた。
王国の建物は石造りかレンガ造りものばかりである。しかもアパートのように2階建て~5階建ての建物が多いのだが、侍の国は、木造建築の平屋が軒を連ねている。また、道の脇には屋台が並んでおり、”寿司”や”おでん”、”蕎麦”などを格安で販売している。
初めて侍の国に降り立った彼女達を見ると、2人とも目を丸くしていた。
「話には聞いたことがありましたが、建物から人まで、王国とは何もかもが違うんですね。」
「ミリアさん、私、異世界に来たみたいな気分です。」
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そこから駅馬車に揺られ、地元へとたどり付いた。丁度太陽が傾き始め、腹の虫が鳴り始める頃だ。
2人に「夕飯でも食べて行かないか?」と提案したところ、2人も賛成とのことなので、昔行きつけだった蕎麦屋へと入ることとした。
のれんを潜り店員に話しかける。「4人席は無いか」と訪ねたところ、相席だったら直ぐに用意出来るとのことなので、2人の了承を経て通してもらった。
席に座ると、既に蕎麦をすすっている女性がいた……私はその女性に見覚えがあった……。長い黒髪、切れ長で美しい瞳……私の姉――タツミヤ リンだ。しかし、彼女は治安維持隊として、王国で働いているはずなのだが……。
2人と共に席に座りメニューを手渡す。
しかし、頭が混乱しておりメニューの説明もわすれ、目の前の女性から目が離せないでいた。彼女も私の視線に気がついたのか、蕎麦をすすりながら顔を上げたその瞬間、彼女の箸が一瞬止まった。
彼女はすぐに蕎麦を噛み切り、口の中の物を飲み込む。
「なんで、アンタがいるの……。」
「こっちのセリフなんだが……。」
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蕎麦は侍の国ではかなり庶民的な食べ物である。
王国のパスタが下級銀貨6枚~上級銀貨1枚(下級銀貨10枚)で食べることが出来るのだが、侍の国のかけ蕎麦は下級銀貨3枚程度、天ぷらを付けても上級銀貨1枚渡せばお釣りが出るのだ。
子供の小遣いでも食べることが出来るので、出稽古の帰りなどに良く姉弟で通っていたのだが……。
「私は、厄介払いされたのよ……。この前のセルジュの事件について、治安維持隊の手柄にしようとしていたの。でも、あれは冒険者ギルドのフェリシアって女が頑張ったわけでしょ。『その手柄を私が横取りするなんて、そんな節操の無い真似は出来ない。』って話したら、『1週間くらい実家に帰れ』って言われて、無理やり汽車に押し込まれたの。まあ、たぶん私の上司が何とかしてくれると思うけど、今、機嫌が悪いから……。で、アンタは?」
そう言って、私のことを睨みつける。普段から目つきが良い方ではない彼女が、眉間にシワを寄せると、それだけで物凄い威圧感を感じる。
「私は、この前の戦いで赤樫の木刀が折れてしまったので、新しい木刀を買うために――そのついでに『ディアと道場巡りを行ってこい』と上司命令を受けた。」
ディアのことを親指で指すと、ディアはペコペコとお辞儀をした。
「そう。でもディアちゃんじゃなくて、アンタが鍛えてもらった方が良いんじゃないの?」
「正直、私自身を鍛え直す目的もあるんだが……。」
「喧嘩別れして出ていった手前、父さんと話すのが気まずいの?」
「ああ……。どの面下げて帰れば良いのか……。」
「その面下げるしか無いでしょ。アンタが出ていった後大変だったんだから!」
私が家を出た頃、リンは剣の道を断念しようとしていた。そのため、今だに刀を腰に携えている彼女を見た時に、この6年間、大変な思いをしてきたであろうことは容易に想像できた。
リンは肩ひじをつき目を細め、口元を少しだけほころばせた。
「まあ何にせよ、アンタと久しぶりに話が出来るのは悪くないけどね。」
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