第1話:新人ギルド職員と勇者1

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 私は王立騎士団を脱退した直後、誰にも見つからない土地で一人で静かに暮らすため、旅に出ようとした。


 しかし一足先に騎士団を脱退した、騎士団時代の元上司であるルーク=エドワーズに引き止められた。


 彼はギルド長になっており、ギルド職員として私の剣腕を振るって欲しいとのことだ。何度も断ったのだが、彼は騎士団時代の人脈を使い私の外堀を埋め、強引にギルド職員として私のことを登録したのだ。


 当初、私は冒険者サポート課――初心者冒険者や、自力での完遂が困難なクエストに挑戦するパーティの手伝いを行うスタッフとして雇われていたのだが、先の出来事により少年の姿に戻され、私は刀をまともに振るうことが出来なくなったため、現在はギルドで事務を行っている。


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 朝、ギルド職員に新人が入ると通達があり、事務スタッフと冒険者サポートスタッフは全員ギルドの受付前に呼び出された。


 ギルドがオープンすると冒険者達で賑わうこの空間も、オープン前は木製の丸机や椅子が並べられているのみであり、その隙間を縫うように、合計100名程のスタッフが整列した。私もその列の最後方に並んだ。


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 肩口まで伸びたレッドブラウンの髪を揺らし、腰にサーベルを携えた女性が、ギルドの入り口から椅子と机の間を縫い真っ直ぐと受付前まで歩き、職員たちの方へとくるりと振り返りピシッと敬礼を行った。


「本日付で本ギルドの冒険者サポート課に配属となりました、”クラウディア=リガルディー”と申します。歳は18歳です。若輩者ですが必ず皆様、そして本ギルドを利用される冒険者の方々の御役に立てるよう努力を行いますので、何卒よろしくお願いいたします。」

 

 サポ課(冒険者サポート課の略称)に女性か……サポ課は困難なクエストに携わる事が多いため、その性質上、元騎士団員や有名冒険者が採用されることが多い。そのため、女性が採用されるのは珍しいのだ――などと考えていると、ルークが私の後ろにそろりと近づき強引に肩を組んだ。


「サポ課なのにあんなに可愛い娘、珍しいだろ。中々いないぜ。”若々しい褐色の肌”、”引き締まった体”、”クリクリの大きな瞳”、たまらねぇよなぁ。俺が彼女の面接官だったんで、一目見た瞬間にOK出しちまった。」


 そういうことか……。


 ルークは、ボサボサ短髪のブロンドヘアーで身長も高く、遠目に見るとイケメンのようだが、近くで見ると死んだ魚の様な目をしている。常に低い声で、やる気無さそうに適当なことを適当に喋るが、人当たりは良く仕事も出来るため、何だかんだで皆から人気がある不思議な人物だ。


 話に乗っかると火傷しそうなので、「まあ、サポ課に女性が配属されることは珍しいですよね。」と、当たり障りの無い言葉を返すと、


「お前も今日からサポ課に復活させるから。後、クラウディアちゃんの教育係よろしくな。ただ、手は出すんじゃねぇぞ。ミリアちゃんと揉めて、職場の雰囲気が悪くなったら面倒だ。もし手を出すなら、ミリアちゃんとの関係を整理してからにしろよ。」


と言って肩から手を外し、”ぽん”と私の背中を叩いた。


 ちょっと待て――私は見た目が12~13歳くらいに戻ってしまった。しかし筋力は見た目以上に弱っており、刀を振ると体がブレてしまう。そのため木刀を振るうのがやっとの状態だ。そんな状態で新人のサポートをするなんて無茶が過ぎる。


 既にバックヤードに向かい歩きだしているルークに小走りでかけより、背中をグーで小突いた。


「いや無理だろ。刀を振れないからサポ課から外してもらったのに――もし、彼女に何かあっても、今の私ではフォローしきれないぞ。」


「まあ、お前は木刀でも自分のことを守るくらいは出来るだろう。なら、彼女が成長すれば問題ない。なに、最初の内は難しくない仕事を振るからさ。」


「彼女を育てれば……って、他に適任がいくらでもいるでしょう。どうして私なんだ。」


「まあ、クラウディアちゃんとお前は何となく相性が良さそうだからな。それにこの前、お前が作成した資料――え~と、”サポ課の支援を受けた冒険者と、支援を受けていない冒険者のクエスト達成率の比較資料”だったか……数値データを間違えてたそうじゃねぇか。事務の姉ちゃんが文句言ってたぜ。お前は事務仕事より現場の方が向いているんだよ。」


 確かに、先日、資料作成時に数値を間違え指摘を受けた。しかし、それ以外にミスはしていない……たぶん……言葉に詰まる私を後目に、ルークは私の肩をぽんと叩き、


「後で顔合わせしておけよ。よろしくな。」


と言って、手をひらひらとさせながらバックヤードへと去っていった。


◆◆◆◆


「私が今日から、クラウディアさんの教育係を担当する”タツミヤ セツナ”と申します。こんな見た目ですが、年齢は22歳です。よろしく。」


 昼過ぎに、バックヤードでクラウディアに自己紹介をした。


 あの後ルークに色々と文句を言ったが、既にクラウディアの教育係の申請が承認されており、再申請出来るだけの理由は無いため、渋々引き受けることになったのだ。


 ぶっきら棒な挨拶を済ませると、クラウディアは目を丸くしながら、こちらを覗き込んでいる。


「あの……君、どう見ても私より年下に見えるけれど、本当に22歳なの?」


 この姿になってから何度目だろう……自己紹介を行うと、みんな必ず今のクラウディアと同じ反応をする。私は、


「先の戦争で呪いをかけられてしまい、この姿になってしまった。高度な呪いで、世界でもこの呪いを解ける者は私に呪いをかけた”ヤツ”だけだ――。まあ、刀を自由に振るうことも出来ない程、腕力は落ちているのだが、普通に生活をする分には問題が無いので呪いが解けるまでは若い姿で過ごしている。」


と答えた。


 最近は何度もやり取りをするのが面倒なので、謎の人物に呪いをかけられたことにしている……嘘は言っていない。下手に神からの祝福だの何だのと説明するとややこしくなり、とにかく面倒なんだ。


 クラウディアを見ると、どことなく疑いの目を向けられているように見える。それもそうだろう。成長を早める魔法は存在するそうだが、年齢を若返らせる魔法は存在しない。人生をかけて若返りの魔法に挑んだ魔術師は何人もいるそうだが、成功したという話は聞いたことが無い。


 彼女は、私のつま先から頭まで舐めるように見ると


「分かりました。私のことは”ディア”と呼んでください。これからよろしくお願いしますね。」


と、太陽のような笑顔をこちらに向けた。

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