プロローグ3:死にたい勇者と訳ありメイド3

◆◆◆◆

 

 熱を帯びた視線に濡れた唇。メイド服の上からでも分かる抜群のプロポーション。気を抜くと、欲望のまま彼女を抱きしめベッドへと押し倒しかねない。もし淫魔がいるとしたら、きっと彼女のような姿をしているのだろう――。


 ただ本能的に「このままではマズい」と感じ、欲望を無理やり理性で押し込めながら、ショーツが見える寸前のところまでたくし上げたミリアの手を抑え、「冗談ですよ。すみません。」と謝った。


 手から離れたスカートは重力に従い、彼女の純白のストッキングをゆっくりと隠した。ミリアは体を屈めて私の顔を覗き込みながら、


「あら?お誘い頂いたのかと思ったのですが……残念です。もし、溜っているようでしたら申し付け下さい。」


と話、先程の表情が嘘のように、元の柔らかくも凛とした表情で目を細め笑った。私は動揺を悟られまいと必死に平静を装いながら、


「まあ、そういう行為は……もう少し、お互いを知ってからでも……」


とモゴモゴと話した……自分でも驚くほど動揺を隠しきれておらず恥ずかしい……。


 ミリアにも見抜かれていたようで、口に手を当てながらクスリと笑い「では、いずれ――」と短く応えた。


◆◆◆◆


 窓から外を見ると、いつの間にか空が茜色に輝いている。


 彼女をメイドとして雇うつもりは無いが、流石にこの時間から女性を追い出す訳にも行かない。渋々ミリアに私の家に”今日だけ”泊まることを提案すると「よろしくお願いします。」と二つ返事で答えが返ってきた。


 ミリアに外食を提案すると、「直ぐに用意致しますのでお待ち下さい」と言い、大きなカバンの中から料理道具一式と食材を取り出しテキパキと料理を初めた。素人目だが彼女の手際は良く、どこのレストランに勤めても即戦力に成りそうだ。


 彼女は30分も掛からない内に、店で出される”それ”と遜色の無い料理を3品作り「どうぞ」と差し出す。味はどうかと思い口に運ぶと、表情が緩む程美味い。


 これ程の料理の腕を何処で身につけたのかミリアに聞こうと顔を上げると、ミリアは自身の料理に手を付けず、頬に手を当てながらジッとコチラを見ていた。「食べないのですか。」と尋ねると、

 

「私も頂きます。ただ、美味しそうに食べて頂くのが嬉しくて――こういうの、憧れだったんです。」


 確かに美味しすぎて、顔の筋肉が緩んでいた気はする。ただ、その表情をジッと見られるのは少し気恥ずかしい。私は気を引き締めるため一度咳払いをして、搔き込むように食事を食べきりおかわりを要求した。


◆◆◆◆


 就寝時、どちらがベッドを使うか議論となった。


 私は「女性を床に眠らせる分けにはいかないのでミリアがベッドを使うこと。」を主張したが、ミリアは、「主人を差し置いて自分だけベッドを使うことは出来ない。」とのことだ。


 ベッドフレームは所々にガタがきており、マットも年代物でフカフカだった頃の面影はまるで無いため、床で寝ることと対して変わらないかもしれない。


 しかし、お互いに意地を張り合い平行線のままだった。このままでは拉致が開かないため、折衷案として”1つのベットを二人で、背中合わせで使用する”事となった。


 私は居間で、ミリアはトイレでそれぞれ寝間着に着替えた。ミリアの寝間着は真っ白なネグリジェだ。大切な箇所は生地がしっかりとしているが、そこ以外は生地が薄く、うっすらと透けている。メイド服の上からも十分に主張していた両胸の形がくっきりと浮き上がっており、深い谷間が胸と胸の間に出来ていた。


 二人で合意したことなので何も問題は無い筈だが、冷静な頭で考えると色々と問題があるのでは無いか――とは言え、また話を蒸し返す訳にもいかず……なるべくこちらの動揺を悟られないよう、ゆっくりとベッドへと潜り込んだ。


 部屋が暗くなり毛布をめくり上げる感覚がある。ミリアは私の耳に唇が当たる程近づけ「失礼します。」と囁きベッドへと体を滑り込ませた。


 私の背中にミリアの背中がピタリとくっついている。ミリアの事を意識した途端、昼間の蠱惑的な表情が脳裏を過り、一気に心臓の鼓動が早くなる。


 何とか気を落ち着けようと、体をくねらせミリアから離れようとすると、ミリアは一瞬「ンッ」と言う悩ましげな声を上げた後、再び静かな寝息を立てた。


 ミリアはベッドに入ってから数分も経っていないが、既に熟睡しているようだ。恐らく相当疲れていたのだろう。


 まあ当然だ。見ず知らずの男の家に来て常に緊張していたのだろう。それにも関わらず、彼女は午後からは立派に家事をこなしていた。


 そう考えると、今までの如何わしい考えが申し訳なくなり、ミリアに背中を預け瞼を閉じた。背中からトクントクンと規則正しく響く鼓動と温かさを感じながら私は浅い眠りについた。


◆◆◆◆


 王城の正門から向かって左側に仰々しい石造りの建物がある。ゴツゴツとした重々しい壁の中央には、高さ3m程の木製の巨大な両開き扉があり、昼間は開けっ放しとなっている代わりに常時2人の騎士が扉の両脇で見張っている。扉の上には盾の中心に獅子の横顔が描かれたエンブレム――騎士団のマークが描かれている。そう、ここは王立騎士団の本部である。石壁の中には騎士専用の寮、修練場、魔術の実験施設等があるのだ。


 雲ひとつ無い空の下、腰にサーベルを携えたレッドブラウンの髪色の女性が、大粒の涙を流しながら石壁の外へとトボトボと出て行った。

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