第19話:罪の償い方、罰の受け方1

【注意:このエピソードでは、話の視点が切り替わります】

□□□□:フィリシア=ネイト=ローズ視点

◆◆◆◆:セツナ=タツミヤ視点



□□□□


「ヘイスト……ヘイスト……ヘイスト……ヘイスト……」


 左手で魔導書を開き、右手に持つ東ギルドで最も能力の高い杖を馬の背中にかざしながら、御者の隣に座りスピードアップの魔術――ヘイストをかけ続ける。


 魔術を使用すると体内のマナが枯渇するため、体中のマナが枯渇するたびにポーションを飲んだ。


 ポーションは一時的に体内のマナを回復する効果を持つ。しかし、あくまで一時的であるため、後で、どっと疲れが来るのだが……。


 既にギルドを出発して10分程度が経った。恐らく既に10km程度のところまで走っているだろう。


 残りは約10km……ただ、私自身も限界に近い……マナ不足とポーションの飲み過ぎで胃液が逆流しそうだ。嘔吐そうな状態を我慢しすぎて頭まで痛くなってきた……。


 しかし、一刻も早く――ルーク達がアルバートと決着を付ける前に戦いを止めなくてはならない。なぜなら、私の考えが正しければアルバートはルーク達に”殺されること”が目的なのだから……。


□□□□


 ギルドを出発してから約20分程度で砦に着いた。


 恐らく馬車のレースがあれば世界を狙えるスピードだろう。ただ、代償も大きかったが……。

 

「気持ち悪いですわ……頭痛いですわ……ゲボ吐きそうですわ……。」


 うわ言のようにブツブツと呟きながら、フラフラと馬車を降りると、そっとミリアが肩を貸してくれた。


 今の私は、真っ青で酷い顔をしているだろう……。にも関わらず、肩を貸してくれるミリアの優しさに感謝しながら、眼前にそびえ立つ石造りの門を睨みつけた。


 喉奥から込み上げる”モノ”をこらえながら、鎖で簀巻きにされディアに引きずられているアイリスに質問をする。


「ウプッ……アイリス……アルバートのところまで案内して頂戴……罠の無いルートでお願い……。」


「……この砦……罠は無い……マスターのところまで案内する……でも……私はマスターのところには行けない……。」


 言葉尻に向かって徐々に元気が無くなり、最後の方は消え入りそうな声で話すアイリスの頭を私は優しく撫でた。


「何とかしますから、案内よろしくね!」


□□□□


 数分と経たないうちに大広間前の扉へとたどり着いた。中からは金属がぶつかり合う音が聞こえる。


 ルーク達が戦っているのだろう。ディアにアイリスのことを見せて戦いを止めさせるよう指示を出した。


 ディアは「了解」と答え、扉を勢いよく開き、それまで引きずっていたアイリスを立たせて大声を上げた。


「アイリスちゃんを確保しました!戦いをやめて下さい!!!」


 よく通る声で叫ぶディアのことを、そのフロアに居る全員が注目する。


 そして、盗賊達は縛られているアイリスを見るなりルーク達との戦いを放り出し、駆け足でこちらへと近付いてくる。ルーク達も盗賊達の後ろを警戒しながら追いかけた。


「アイリス!無事だったか!ギルドの連中に攻撃されないか心配だったんだぞ!でも、その姿どうしたんだ!?」


「……マスターに戻ってくるなって言われたことを伝えたら……ぐるぐる巻にされた……でも……マスターに会わせてくれるって……。」


「そうか……そうだよな……アイリスはやっぱりアルバートと一緒にいたいよな!」

 

 屈強な大男達がアイリスに対し、まるで自分の娘のように優しい声で次々に言葉をかける。


 その裏で、私は気力を振り絞りながら、ルークにアイリスの持ってきた”履歴書”と”魔術研究のレポート”を手渡した。

 

「これ、”魔物向けの催眠魔法”が書かれていますわ。アルバートは、この技術をギルド主導で広めて良い代わりに”アイリスのことをギルドで面倒見ろ”って言いたいのだと思いますわ……。」


 聞こえるのかも怪しいくらいの声量だが、今、私が伝えられる全力の情報だ。これ以上――何か一言でも喋れば喉から胃液が逆流するだろう……。


 私は「(何とか伝わってくれ。)」と願いながらルークを見つめた。ルークは難しい顔をしながら資料に目を通すと、アルバートの部屋に向かって走り出した。


◆◆◆◆


 ルークの物凄い勢いのタックルに吹き飛ばされ尻もちを着いた。


 何事かと思い、すぐに立ち上がりルークに確認を行うと、ルークはアルバートを指さしながら話した。


「セーフ!俺が”カン”の良い人間で良かったな!もし、後5秒――いや、3秒遅ければ、こいつの思い通りになっていたぜ!」


 私から短剣を取り上げて、頭をクシャクシャと撫でる。


 普段であれば、うっとおしくてルークの手を払い除けるところだが、心がザワザワしていてそれどころではない。


 「人や魔族を殺すこと無く生きる」誰もが行っている当然のことなのだが、私には出来ないようだ……ルークの話した通り、ルークが後3秒遅くこの部屋に来ていたら……私はまた人を――アルバートを殺していただろう。


 自分自身の震える手を見ていると、そっと両手を握られた……。


 目線を上げると、ミリアが私の両手をギュッと握りながら真剣な眼差しでこちらを見ている。


「セツナ様は大丈夫です。貴方は人を殺していません。今回はルーク様が止めましたが、これからは絶対に私が止めて見せます。だから大丈夫です。」


 力強く握られるミリアの手の温もり、そして、決意に満ちた彼女の顔つきと言葉に視界が潤み前を向くことが出来なくなった。

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