第23話:勇者とメイドの甘美な時間1

◆◆◆◆


 太陽は随分と前に沈み、頭の上を煌々と月明かりが照らす中、フラフラとした足取りで自宅の玄関にたどり着き、全力で蹴り飛ばせば穴が空くような、ボロボロの扉を開く。


 力無く「ただいま~。」と挨拶すると、後を歩いていたミリアも「ただいま帰りました。」と、"こだま"のように返す。

 

 ここ数日間、私は業務量が多くかなり疲弊していた。その理由は先日のアルの起こした事件が原因だ。


 「事件の整理」「ギルド上層部への報告支援」「盗賊達の処遇を軽減させるための工作」……通常の業務に加えて様々な事後作業が降り掛かってきたのだ。


 しかも、これらの業務は、今回の件に関係したメンバー以外には最低限しか口外せずに対応を行ったため、気苦労も含め非常に疲れる仕事だった。


 これはミリアも同様――それどころか、上記の業務に加えてメイドとしての仕事も完璧にこなしていたのだが、ミリアは想像以上にタフなようで、普段と変わらない調子で淡々と仕事をこなしている。


 そんな忙しい日々も今日で終わりだ。事後作業も一通り終わり、私とミリアは明日と明後日、休暇を貰うことが出来たのだ。


 そういえば、ミリアはこの家に来て数ヶ月経つのだが、1日も休暇を取得していない。ギルドの仕事が無い日でも、ハウスメイドとしての業務を行っていた。


 そこで「明日と明後日は休みにしよう」と提案した。初めの内は渋っていたミリアだが「私も一緒に付き合う」と話したところ、了承してくれた。


 私も久し振りの休暇なので、明日の起床の心配をせずベッドへと潜り込み泥のように眠りに付いた。


◆◆◆◆


 習慣とは怖いもので、昨晩は疲れ切ってベッドに入ったはずなのに、いつも通りの時間に目が覚めた。


 早起きしてしまったと思いミリアを起こさないようにゆっくりと身体を起こすが、隣に寝ているはずのミリアの気配が無い。代わりにキッチンから料理を作る音が聞こえる。


 そっとキッチンを除くと、メイド服をピシッと身に着けたミリアが、鼻歌を歌いながら朝食の準備をしていた。


 「おはようミリア」と声をかけると、鼻歌を止めて目だけをこちらに向け「セツナ様、おはようございます。お早いですね。」と話す。


 本日の朝食はパンケーキのようだ。今日はミリアも休暇のため、朝から外にでも食べに行こうと思っていたのだが、そのことを話すとミリアは柔らかく微笑んだ。


「今日はパンケーキの気分でしたので――それに、料理は私の趣味です。」


「では、何か手伝うことは無いか?」


「いえ大丈夫です。ごゆっくりなさって下さい。」


「昨日寝る前に、『今日と明日は君に付き合う』と言っただろう。何かないかい?」


 ミリアは少し困惑をしたように考え答え辺りを見渡す。このキッチンにはミリアが持参した調理用具、干し肉などの日持ちする食材、そして今日~明日の内に食べようと買ってきた果物類が置かれている。


「では、私とセツナ様の分の盛り付けをお願いします。今、生地が焼けますので……。」


「分かった。ただ、ミリアの分の盛り付けも私が行って良いのか?」


 パンケーキは今日、ミリアが食べたくて作っているのだ。ならば、ミリア自身が想像している味があるはず……。それにも関わらず、私が勝手に盛り付けて良いのか……。


 そんなことを考え質問をしたところ、


「ええ、お願いいたします。セツナ様が私のために考えて下さった盛り付けであれば、最高の朝食です。」


とのことだ。


 私一人であれば、メイプルシロップを少しかけるだけで十分なのだが……。


 そういえば、ミリアを雇ってから数ヶ月経つが"好きなもの"、"嫌いなもの"など――ミリアのことを何も知らない……。


「ミリアは何か好きな果物等はあるかい?」


「果物ですか……イチゴが好きですね。甘酸っぱい所が好きです。でも、甘い果物は何でも好きですよ。」


 これから彼女のことを知っておきたい――そんなことを考えながら、イチゴをカットした。


◆◆◆◆


 朝食はイチゴとクリームがたっぷりと乗ったパンケーキとなった。


 先述した通り、私はメープルシロップが少量掛かっているだけ十分なのだが、ミリアの盛り付けと私の盛り付けを分けるとミリアが恐縮してしまう。


 そのため、同じ盛り付けのパンケーキが2つ並んだ。


 普段はテーブルを囲み対面で座るのだが、今日はミリアと隣同士しで座っている。少し疑問を懐きながらも、


「「頂きます。」」


と、2人で手を合わせた。


 私の盛り付けは正解だったのかと、チラチラとミリアを横目で見る。先日の夕食とは立場が逆になってしまった。


 ミリアは、フォークとナイフで小さくカットしたパンケーキを口の中に入れると、満面の笑みを浮かべこちらを向いた。


「とても美味しいです。私好みの味――。」


 心のなかで嬉しさと安堵感を噛み締めていると、おもむろにミリアが一口分にカットしたパンケーキをこちらに向けた。


「セツナ様も食べて見て下さい――『あ~ん』」


「い……いや私の分もあるし、自分で食べられるから……。」


「早く食べて頂きたいんです。さあ、口を開いて下さい。」


「……少し恥ずかしいのだが……。」


「お嫌ですか……『今日と明日はお付き合い頂ける』と楽しみにしていたのですが……。」


 シュンとするミリアを見ていると申し訳なくなり、大きな口を開けた。恐らくこの時の私は”観念した”時の顔をしていただろう。


 口の中にパンケーキを入れられる。


 ミリアは上目遣いでジッと私の反応を待っている。口の中のパンケーキを飲み込み「確かに美味い。」と答えた。


 パンケーキの生地は店で出されるものよりもふわふわで、卵の甘みがしっかりと感じられる。イチゴとクリームの甘酸っぱさも抜群だ――。


 ただ、私には少し甘すぎるように感じた……。

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