幕間4:拐われた女と拐った男4
○○○○
「一昨日は言いすぎたかも……。」
私はお風呂に浸かりながらアイリスに愚痴をこぼす。
ゴブリンに拐われ、この砦にきてから数日が経つ。盗賊達とも自然と話すことが出来るようになったが、やはり一番多く話しているのはアイリスだ。
なぜなら、夕食を終えてから寝るまでの間、常に一緒にいて話をしているのだ……と言っても、アイリスから何かを話すことは無く、私が話す内容に「うん」とか「そう」等の相槌を打つくらいだが……。
ただ、今の私には、その程度の淡白な応えが一番安心するのだ。
そして2番目に多く話すアルバート……。先日、アルバートに買い物リストを渡すときに一喝してから、何を話しても反応がそっけない――それどころか目も合わせてくれないのだ。
「ねえアイリス……私、アルバートに嫌われちゃったのかな……。」
いつも通り、アイリスは何の反応もしないのかと思っていると……。
「……そんなことは無い……。たぶん……マスターは、ミラのことが好きだと思う……。」
「そんなこと有るよ。だって、目も合わせてくれないし……それに私、今、首輪で性的な魅力が無いんだよ。今の私のことを好きになる人なんていないよ。」
「……人は性的な魅力だけで好きになるわけじゃない……。……私もミラの良いところ……沢山見つけた……。……ミラ……とっても優しい……。」
今まで多くの男性と出会ってきたが、どの男達も私のことを性の対象として見ていた。
初対面で見られる部位は、まず”おっぱい”、その次が”尻周り”もしくは”太もも”、そして最後に顔である。そして、会話の最中にもチラチラと胸を見るのだ。
正直、悪い気はしない。というのも、私は自分の胸に自信を持っているのだ。
私の勤めているお店は王国内でもトップクラスの娼館であり、私よりも可愛い女の子が何人も在籍している。
しかし、100cmを越える大きさで、私よりも形やハリも良いおっぱいの持ち主は見たことが無い。そのため、男であれば私の胸に目が行くことは当然だろう。
これが私の魅力……逆を返せば私の魅力など、おっぱいしか無いのだ……。
そんな私から性的魅力を取り上げられたら、残るものは何も無い……。ただ、アイリスの話が本当なら……。
「(今日、アルバートに聞いてみようかな……。)」
温泉のお湯に、鼻先まで沈めお湯の中で口から息を吐いてブクブクと泡を立てた。
○○○○
先日の買い出しの際に、私用の普段着と寝巻きをも買い揃えてくれた。
普段着は白いブラウスとオーバーオールドレス――王国内の一般的な町娘が着る服装だ。袖は少し長めだが、これは私の胸のサイズに合わせた結果、大きめのブラウスしか無かったのだろう。
そして、寝間着は黒のネグリジェ――私が着ていたシースルーとは真反対で、生地が厚めでしっかりとしている。大事なところが透ける心配の無い寝間着だ。
アルバート曰く「首輪の能力で、男達はミラに情欲を抱かないとはいえ、シースルーにジャケットで過ごすのは流石に恥ずかしいだろう。」とのことだ。
今日は、アルバートに買って貰ったネグリジェを着て寝ようと思っていたのだが……あえて、薄ピンク色のシースルーを身に着けた。
悲しいことに、今、私がアルバートの目を引く服装はこれしか無い……彼は、私の性的ではない箇所に魅力を抱いているとのことだが、私自身はこの身体以外に自信を持つことが出来ない……なんて情けないのか……。
とはいえ、これが今の私の勝負服なのだから、これを着てアルバートと話を行い、相手の反応を見て”私をどのように思っているか”見極めてやる。
昨日と変わらず、シースルーにジャケット姿でアルバートの部屋の前に来た。ジャケットを脱いでアイリスに渡す。「アイリス、少しだけ待っていてね。」と声をかけるとアイリスは短く「ん。」とだけ答えた。
○○○○
「(もし、アイリスの言う通り、アルバートが私に好意を抱いていたとしたら、それは性欲を抜きにした私自身のことを好きになってくれたということだ……)」と一瞬頭をよぎった瞬間、ふわりと身体が浮かぶ感覚に陥り、心臓が物凄い音を立て始めた。
部屋の扉を後ろ手で閉めると、その鼓動がより一層早くなったように感じる。
自分の身体が自分のものではないようだ……。
それと同時に今の服装が恥ずかしくてたまらない……。
今まで、この服装で接客をおこない――それどころか、外に出ることすらあったのに――。
彼にだけは、このはしたない姿を見られることが恥ずかしい……。
彼が私のことを好きか見極めることなど、もはやどうでも良い。「私とアイリスのお喋りに、アルバートも参加して欲しいこと。」を伝えて早く自室に戻ろう。
胸と下半身を腕で隠しながら大切なところが零れないよう、ゆっくりと歩きアルバートの前に立った……何を話せば良いのだろう……。
私がまごついていると、アルバートから「何か用か」聞かれた。私は頭が真っ白になり、何かを答えたが……何を答えたか覚えていない……。
○○○○
部屋を出て、アイリスからジャケットを受け取った。
顔が熱い……。
頭から湯気が出そうだ……。
こんなにドキドキしたのはいつ以来だろう……。
ジャケットを羽織り、その場でペタリと座り込む私の手をアイリスは握った。
「……大丈夫……?」
「駄目かも……。」
「……そっか……。」
暫くの間、左手はアイリスに握られ右手で口元を覆ったまま、動くことが出来なかった……。
○○○○
私とアイリスの部屋に戻ると、私はすぐにアルバートの用意してくれたネグリジェに着替えた。シースルーのままでは彼と上手く話が出来ない……。
アルバートを意識するようになってから、自分自身が制御出来なくなっている。
頭の中が彼で一杯になり、上手く物事を考えることが出来ない……。特に恥ずかしい姿――はしたない姿を見られたときは尚更だ……。
「(マジでヤバい……。)」
本当に心配なことが1つある。
今後の仕事のことだ――こんな気持のまま、娼婦を続けることが出来るのだろうか……。
今まで私は、お客様に抱かれるときは、本気でお客様に恋をする心構えで接客してきた。
しかし、アルバートのことを意識してしまった今、お客様を世界で1番愛している恋人として接することは出来るのか……。
昔、私に娼婦の”いろは”を教えてくれた師匠に言われた事がある。
「眼の前のお客様に恋をしなさい。でも、他の人に恋をしてはいけません。」
お客様は、年齢、容姿、性格がバラバラである。そのため、自分に合う・合わないは、人間であれば必ず存在する。
しかし、相手のことを本気で愛していれば、合わないなどということはない。たとえ乱暴なことをされても我慢出来るのだ。
全てのお客様に、もれなく最高の接客を行うための重要な心構えである。
しかし、お客様以外に恋人が出来た場合、その人のことが頭を過り、100%全力の接客を行うことが出来なくなってしまうのだ……。
現に私の姉弟子は好きな人が出来たために娼館を去った……。
「(本当に最悪……こんな所に拐われてこなければ……。こんな思いをしなければ良かった……。)」
幸い私は足抜け出来る程度の貯金はある。しかし、幼い頃から娼館で暮らしていたため赤線外のことに疎い。それに、住む場所や新たな仕事のあても無い。
「このままずっと、アルバートとアイリスト一緒に、ここで暮らしていたいな……。」
思わず漏れた言葉に、私自身が驚いた……。
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