第5話:クエストと勇者1

◆◆◆◆


「クエストの依頼ってこんな感じなんですか。」


「いや、普通はもう少し調査が進んでから実働するんだが……今回のクエストは少し特殊だな。」


 私とディア、そして魔術に長けた3名のサポ科スタッフの計5名、王国の東門を出発し約1時間半程度、東へと馬車を走らせた。目的地は王国から東へ約20kmの地点に建築された、砦の崖下にあるゴブリンの巣だ。


 昨日の午前中に緊急の依頼が飛び込んできたのだが、内容が不可解であつたため、ギルド関係者のみで内密に対応することとなったのだ。

 依頼内容は

 

  クエスト名:【緊急】民間人救出依頼

  概要   :ゴブリンに拐われた女性を救出すること。


 一昨日の夜に女性がゴブリンに拐われたらしい。


 ここだけを聞けば、時々発生するクエストなのだが――。


「しかし、ゴブリンが町中に入り、馬車を使って女性を拐うなんてこと、本当にあるんですかね~」


 ディアの話した通り、普通なら考えられない。


 王国には東西南北の4箇所に門があり門以外は高い塀で覆われている。そのため、町中にゴブリンがいるということは、いずれかの門をゴブリンが通過し王国内に侵入したということになる。しかし、当時の各門の見張りに確認を行ったところ、全員「ゴブリンなど見ていないし、もし見つけた場合は絶対に門を通すことは無い。」とのことだ。


 また、ゴブリンが馬車を使うことも想像できない。ゴブリンは魔物の中では知識が高いが、馬車の運用方法を理解できる程の知能レベルは無い。


 それに、馬車の御者は誰が行ったのか――。


「正直私も疑わしとは思うが……大型の馬車に女性を押し込んでいるゴブリンの姿を見た人がいたんだから、信じるしか無いだろう……。まあ、今回のクエストでゴブリンを捕らえることが出来れば分るさ。」


「でも今回の件は、なんで我々冒険者ギルドが対応するんでしょうか? 維持隊も騎士団も、民間人の救出とか好きそうなイメージがありますが――。」


「今回は、赤線内で起きた事件だからな……。」


「赤線……?」


 ディアはキョトンとした表情でこちらを見る。どうやら赤線を知らないようだ。


「王国内にありながら、治安が悪すぎて国内として認められていない地域を赤線と呼ぶんだ。なので、維持隊も騎士団も関与出来ないんだろう。」


 赤線――どの時代にも必ず、社会からハミ出した者や、自ら社会と決別する者が出てくる。


 平常時であれば国家が彼らのサポートを行い、社会復帰の手助けを行うのだが、王国では戦争が長引き、彼らをサポートするだけの余力がなくなっていた。


 そのため王国では、”社会に馴染めなかった者達”が最終的に逃げ込むことの出来る区画を、”あえて”残すことで治安を維持した。地図では、その区画を赤線で囲んでいることから通称”赤線”と呼ばれている。


 赤線内は数多くの娼館が立ち並び、売春婦達が所狭しと客引きをしている。その一方で、犯罪組織の温床となっており非常に治安が悪い。


 さらに、王国ではその地域を”王国の内の領地と認めていない”ため法律が通じない。


 その結果、赤線内で何人かの有力者達が生まれ、グループを作り独自のルールで統治をしている。


「同じ王国内に住んでいる人が被害を受けているのに、ちょっと複雑な気分ですね……。」


「そうだな。だからこそ頑張ろうじゃないか。こういう仕事を解決するために我々が設置されているのだから。」


 そんな事を話している内に、ゴブリンの巣が見える地点に到達した。


 ゴブリンの巣はゴブリン達が独自に掘り進めた洞窟であり、内部は入り組んでいることがほとんどだ。


 今回は1匹でも良いのでゴブリンを捕らえ、持ち帰り調査を行う事が最重要である。


 そのため、洞窟の入口から見回りのために出てきたゴブリンを速攻で倒し、馬車の荷台に積んでその場を離れることとした。


◆◆◆◆

 

 ゴブリンは2匹1組で見回りを行う。そして、何か異常を察知すると、1匹が時間稼ぎを行い、もう1匹が巣のゴブリンを呼びに行く習性が有る。


 そこで下記の作戦を立てた。


 ①魔術師の3人はゴブリンの巣を目視でき、かつ、それぞれが巣を囲むように均等に離れた位置で木々の影で待機する。

 私とディアは魔術師達よりも少し巣に近い位置――巣から出てきたゴブリンに攻撃を行うことも、魔術師達を守ることも出来、更に馬車にも飛び込める位置で木々の影に隠れる。


 ②見回りのゴブリン達が巣から出てきたら、彼らが巣から離れた位置に移動するまで、距離を保ちつつスニーキングをする。


 ③ゴブリンが巣から十分に離れたら、私が魔術師に合図を送り、遠距離からの集中攻撃でゴブリンを1体倒す。


 ④巣に戻ろうとするゴブリンを私とディアで足止めをする。その間に魔術師達が、倒したゴブリンを馬車へ積み込む。


 ⑤ある程度ゴブリンを弱らせたら私とディアも馬車に合流し、その場を離れる。


 そしてこの作戦で最も重要なことは、何か想定外の事が起きた際に、互いにコミュニケーションを取り臨機応変に対応することだ。


 全て作戦通りに進むとは思えない。その為、互いの状況を把握しつつ想定外の事態に対応する柔軟性が求められるのだ。


◆◆◆◆


 それぞれが持ち場に着き暫くすると、想定通り2匹のゴブリンが出てきた……そのゴブリンを見て思わず言葉がこぼれた。


「思ったよりもデカいな……」

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