第4話:新人ギルド職員と勇者4

◆◆◆◆

 

 ミリアがギルドで働き始めた頃、彼女は仕事を終えてから家に帰り食事を作ると言ってきた。ギルド仕事のせいで、本業であるメイドの仕事が疎かになることを避けたいとのことだ。


 しかし、ギルド仕事の後に更に働かせることなど負担が大き過ぎる。


 何とかミリアを説得し”2人共仕事のときは、必ず2人でまかないを食べてから帰る”という約束をしたのだ。


 本日の仕事を終わらせた後、まかない料理を持ちミリアの確保した席に座った。「座席確保ありがとう。」と礼を言と、ミリアは少し照れた顔をして「いえ……」と短く返事をした。ミリアが来る以前は想像出来ない光景だ。


 ミリアが私のもとに来た時は、他人と一緒に暮らすなど考えられなかった。しかし、どんなに追い出そうとしても、のらりくらりかわすミリアと一緒に暮らす内に、一緒にいることが不自然では無くなってしまった……まさか、こんな日常が来るとは……。


 そんな事を考えながら、2人で「いただきます」と手を合わせ、まかないを食べ始めたその瞬間、


「セツナさん、一緒に……」


と、聞き覚えのある声がした。


 振り返るとディアが慌てた様子で、まかないを持ちながら右往左往していた。


 恐らく、私のことを見つけたので声をかけたが、ミリアと食事を取っている事に気が付き、気まずくなっているのだろう。ミリアに視線を送りディアも同席して良いか確認すると、ミリアはコクリと頷いた――どうやら誘っても問題ないらしい。


「ディアも一緒にどうだ。」


と声をかけると、ディアは気まずそうな表情を浮かべ、ミリアのとなりの席に腰を落としながら話す。


「ほ……本当によろしいんですか……? 2人のお邪魔になりませんか……?」


「問題ない。彼女はミリア。私の家でハウスメイドとして働いて貰っているんだ。」

 

 ミリアはニコリと微笑み「よろしくお願いします。」とお辞儀をする。ディアもつられるように「クラウディアです。よろしくお願いします。」とペコペコとお辞儀をした。


 食事を始めてすぐの頃は気まずい雰囲気だったが、暫くするとミリアとディアはすっかりと意気投合し、他愛のない会話で盛り上がった。少し天然でお喋りなディアと、しっかり者で聞き上手なミリアは相性が良いようだ。


 3人の会話は食事を終えてからも続き、家につく頃にはとっぷりと太陽が沈んでいた。

 

◆◆◆◆


 ベッドへと潜りしばらくすると、いつも通り耳元で「失礼します。」と囁く声が聞こえた。


 ミリアと同じベッドで身体を寄せ合い眠る事に対して、初めの内は抵抗感が有ったが、今ではすっかりと慣れ当たり前のように感じている。恐らく一切の緊張感は無いはずだ……多分……。


 ミリアはベッドに身体を滑り込ませ、私の背中に自身の背中をピタリとくっつける。


「少しお話をしてもよろしいでしょうか。」


 普段はベッドの中で会話などせず、2人ともすぐに眠るのだが、珍しく背中越しからミリアが話しかけてきた。「どうぞ」と答えると、言葉を考えているのか一瞬沈黙があり、囁き声が聞こえた。


「失礼を承知で伺います。セツナ様は私では無い誰かを愛していらっしゃいますね。」


 一瞬、呼吸が浅くなり一気に鼓動が早くなる。


 別に私が誰を好きになろうがミリアには関係の無い話だ。

 一度深呼吸を行いなるべく心を落ち着けてから一言だけ振り絞るように「どうでしょうね。」と答える。


 すると、ミリアはピタリとくっついていた背中を離しモゾモゾと動きはじめた。動きがピタリと止まると、枕と私の首元の僅かな隙間から手を入れて背中越しから抱きしめた。いわゆるバックハグの体制だ。


 私の背中にミリアの豊満な胸があたる。薄い布2枚をのみを隔てたそれは、私の背中で押しつぶされ形を歪めていることがハッキリと分かる。


 ミリアは腕の力を強め、私の耳元で囁いた。


「『私を一番に愛して欲しい。』というわけではございません。私は誰かから一番に愛される資格がありませんから……。ただ、私はセツナ様のことを心から愛しております。だから愛する人が好きな人は誰なのか……せめて、心から愛する人がいるのかだけでも知りたいのです……。」

 

 「心から愛する人がいるのか知りたい」ミリアはこう話したが、彼女は私に好きな人がいることを確信しているような声色だ。そしてこれは、ミリアにとって非常に重要な問題なのだろう。であれば、はぐらかすことも誤魔化すこともしてはならない――。


「とても大切な人がいる。ただ、愛とか恋という言葉が適切なのか分からない。」


 今の私にとって一番的確な言葉だと思う。


 私の抱くこの感情は”愛する”という言葉が正しいのかすら分からない。ただ、”大切な人”ということは嘘偽りの無い事実だ。


 ミリアは再び耳元で囁いた。


「承知いたしました。私はセツナ様の中で、2番目で構いません。それでも、私はセツナ様の事を愛しております。もしセツナ様が1番愛している方に思いを打ち明けることが出来ず、切ない思いをされているのであれば、私の身体も心も好きなようにお使い下さい。1番愛している方にシたい全ての事を……いえ、愛しているからこそ出来ないことまで何でも致します。」


 彼女の声色には何処か諦めと憂いのようなものを感じる。


 恐らくミリアは今までの人生で”そのような”扱いを受けてきたのだろう。そして、それに慣れてしまったため、彼女自身が”それ”を選択することが普通となってしまったのではないか……。


 私はそっとミリアの手をほどいた。


「私は大切な人がいると答えたが、ミリアのことも大切に思っている。なので、貴女のことを好きなように扱うことなんて出来ない。それに、私が大切に思っている人は……いずれ気持ちに整理をつけなければならない相手だ。だから……」


 最後に「貴女の気持ちに真剣に向き合うつもりだ。」と答えようとしたが、「本当に”それが出来る”と言い切れる程、私は彼女のことを知らない……。」ということに気が付き、ゴニョゴニョと言葉を濁らせた。


 背中越しに、ミリアがクスクスと押し殺しながら笑う声が聞こえる。そして耳元で「こちらを向いて下さい」と囁いた。


 身体を仰向けにして首をミリアの方に向けると、ミリアは私の頭に手を回し「ちゅ」と一瞬だけ唇を重ねた。


 一瞬何が起きたか分からず呆気に取られる私を尻目に、彼女は


「お気持ち、ありがとうございます。私、貴方の事を好きで良かったです。おやすみなさい。」

 

と囁き、仰向けになり目を閉じた。


 暫くの間、メガネを外したミリアの横顔を見つめていた。普段の野暮ったさが薄れ、街を歩けば誰もが振り返る程の美しさだ。


 そして、窓から微かに差し込む月明かりに照らされたその横顔が、一瞬、あの人と重なって見えた……。そして、自分の中で整理しきれていないあの人と――あの夜のことを久しぶりに思い出し、そっと目を閉じた。

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