第57話 悪人
夕方5時過ぎ、町のファミリーレストランで警察官2人は山中百合子と会っていた。
「喫茶店よりこっちの方が目立ちますけど、こういうお店ってお客のこと覚えたりしないと思うんです。小さいお店だと顔を覚えられそうじゃないですか?」
百合子とは当初、喫茶店で会う約束となっていたのだが、彼女の希望で近くのレストランに場所を変更したのだ。
若い女性警官は、電話の時の雰囲気から百合子を心配していた。ところが、実際に顔を合わせると、彼女はこれまでと変わらず明るく振るまっている。
話の内容が内容なだけに、警察官の2人は百合子が自ら話始めるまであえて本題に入らず、世間話を交わして場を和ませていた。
ただ、そうした「空気をつくろうとしている」のを百合子は察したのだろう。少しの沈黙を挟んで、彼らが期待する話を始めるのだった。
「――熊谷のおじさんが自殺した前の日の夜、私、あの人に会ってるんです」
大学の授業が6限目まであり、遅めの下校となったその日の夜、自転車で家に帰る途中に彼から声をかけられたそうだ。
帰宅途中に熊谷と会うのは珍しいことではないらしい。ただ、百合子はそれが待ち伏せされているようで不快に感じていた。
インターネットに流出した、彼が宍戸の家に嫌がらせをしている動画、これらをきっかけに今の熊谷は村の人間のほとんどから無視をされている。
百合子は彼との接し方に困惑する。しかし、彼女の心の中には「自分は陰湿な村人たちとは違う」といった気持ちがあった。
ゆえに――、表面的には事件が起こる前と変わらない雰囲気で彼と言葉を交わす。熊谷は百合子の対応に安心したのか、これまでよりもずっと饒舌に話をしていた。
だが、その会話のどこかで――、決して彼も意図したものではなかったのかもしれないが、宍戸の話題に触れてしまったのだ。
「宍戸さんのしたことは許せませんけど――、熊谷のおじさんがやったことだって決して許されることじゃないですよ?」
百合子の胸中に宍戸は今どういった人間として存在しているのか?
それは彼女にしかわからない。ただ、熊谷が一方的に宍戸を悪い人間として話したことが彼女は気に食わなかったようだ。知っている限りの熊谷のやった所業を並べ立て、百合子は彼を糾弾した。
「――それに、ずっと前からこうして声かれられるのも迷惑してたんです! 私のこと、どこかで監視でもしてるんですか? 気持ち悪い! もう私にかかわらないでください!」
勢いに任せて、百合子はこれまでため込んでいた感情を爆発させてしまう。しかし、これが熊谷の怒りを買ってしまった。
彼の中に蠢いていた欲望が牙を剥いたかのように、熊谷は百合子に掴みかかってきたのだ。
ここからは彼女も無我夢中だった。
背負っていたリュックを振り回して彼に何度もぶつける。一瞬、熊谷が怯んだ隙に罵詈雑言を浴びせて自転車で走り去ったのだ。
夢中で自転車を漕いでいた百合子は一度も振り返りはしなかった。ただ、熊谷が追ってくる気配もなかったようだ。
その翌日――、彼は神社の境内にて変わり果てた姿で発見された。
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