第56話 過去を知る者
若い女性警官は山中百合子と町の喫茶店にて会う約束を取り付けた。約束の時間は夕方5時過ぎ、彼女の大学の授業が終わる頃なのかもしれない。
その時間になる前、2人の警察官はある情報提供者と面会をしていた。
彼は「安藤」と言い、かつては町長を務めたこともある町の有力者のひとりだった。捜査官たちも彼のことを知っていたため、情報提供に名乗り出た際は驚いたようだ。
彼との話は捜査車両の車内で行われた。安藤が人目に付くところを嫌ったのがその理由らしい。
「――『自殺』のようですが、熊谷さんが亡くなる事態となってしまいました。お話すべきか迷ったのですが、これ以上なにか起こる前にお伝えしておくべきと思いまして……」
安藤はこんな前置きから話を始めた。主に質問はベテランの男性警官が行い、メモ役を若い女性が務める格好で聞き取りは行われた。
「警察の方ならすでにご存じかもしれませんが、電気屋で働いていた『宍戸さん』は15年ほど前、この村に住んでいました」
この15年前は、安藤が隣り町の町長を務めているときだった。
「村人の皆は、当時まだ中学生だった彼の顔を忘れていたようですが、私は電気屋で見かけた際にすぐ思い出しました。彼――、というより、彼の母親の事件は今でも忘れることができませんから」
彼の母親、すなわち宍戸の母親、毛利美穂を指している。警察も捜査の渦中で15年前の遭難事件(?)には辿り着いていた。
そして――、あくまで仮説ではあるが、宍戸は母親の復讐のために鹿ヶ峰村へとやって来たのでは、と考えられている。
「刑事さんはすでに『生贄の儀』についてはお調べかと思います。15年前、宍戸さんの母親、毛利美穂さんがそれに指名されました」
奉納の演舞までの話なら名誉なことと思うかもしれない。だが、その先の内容を知らされたら、普通の女性なら引き受けはしないだろう。
「当時、お恥ずかしながら私は儀式を見る側として招かれました。ですから村の人間が彼女を選出した
毛利美穂とその息子、駿は鹿ヶ峰村に引っ越して来て2年程度の家族だった。
鹿神の奉納祭が村の伝統的な行事なら、そこに選ばれたのが引っ越して来て日の浅い人、なのは違和感を感じる。話を聞いていた警官2人にはそんな疑問が浮かんでいた。
「私が言えたことではないですが……、本当に当時の村の代表はどうしようもない人間でした。彼女が村の一員として馴染めていないことを利用したんですな」
奉納演舞、そして生贄の儀の対象者は、村の有力者によって選出される。ゆえに彼らが村に馴染めるよう力を貸してくれる、などと言えば毛利美穂は当然それに応じるのだ。
そして――、彼女は年齢こそ30を過ぎて子どももいたが、女性としてそれだけの魅力をもっていた。ゆえに村の上層に位置する者たちの下卑た欲望の標的となってしまった。
「彼女は村で孤独な人間でした。本来なら『生贄の儀』は卑しいものといえども、決して手を出しはしない。ところが――」
彼女の舞に欲望を抑えられなくなった者がいた。そして、神聖さを謳うこの儀式であってはならないことが起ころうとしたのだ。
「手を出そうとした男とそれを止めようとした男、私を含めて当時、儀式を見ていた人間は4人でそれは半々になりました。男たちが揉み合っている間に、危険を感じた彼女はあの恰好のまま、山の中へと逃げ込んだのです」
警察官の2人は話を聞きながら、推測とはいえ、ある程度予想していた出来事が実際に起こっていたのだと思った。そして、山へと逃げた毛利美穂の末路が例の遭難事件である。
「村へ戻ってきた宍戸さんがどこまでを知っていたのかはわかりません。ですが、彼がもし熊谷さんの自殺を知っているなら、これも復讐がひとつ叶ったと思っているかもしれません」
15年前も熊谷は駐在として村に務めていたのだ。そして、彼は山中で毛利美穂の遺体を最初に発見した人物でもある。
「当時の村長をはじめとした村の人間は、熊谷さんに彼女の遭難を『単なる事故』として手早く処理するよう頼んでいたのです」
過去の捜査資料を見ると、捜索過程の情報が妙に曖昧であったり、行衣をまとっているといった不審な点がありながら、特にそれを追及した様子がなかった。安藤の話を聞いて、それらにある種の納得を見るのであった。
「宍戸さんは事件当時、『子ども』といえども13歳。それなりに精神は発達している年齢です。母親の死を不審に思い、その先の人生でこの村と遭難事件について調べ続けていたとしても不思議ではありません」
宍戸が実際どの程度の「事実」を知っているのかは定かではない。ただ、彼なりの「真実」に辿り着き、その結果、今回の復讐計画を企てた。それが安藤の意見であり、今この瞬間、2人の警察官の意見にもなったのである。
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