第55話 呪言
熊谷の遺体は鹿ヶ峰神社の拝殿で発見された。
あろうことか彼は、神社の賽銭箱の上で首を吊って亡くなっていたのである。早朝、境内を掃除するためやってきた神主がそれを発見した。
死後それほど時間は経過していなかったが、体中の液体が流れ出し、とても直視できる状態ではなかったようだ。
それなりに年齢を重ねている村の神主だが、町から警察が駆け付けた時は、気が触れたような状態で、小刻みにガタガタと震えていた。
彼の死はそれほど間を置かずに「自殺」と断定された。その原因については今後、捜査が進められていくにつれ明らかにされていくのだろう。ただ、村人たちにとっては、言葉にせずともおおよその検討が付いていた。
今年の奉納祭を機に宍戸が起こした事件以降、村での熊谷の扱いは悲惨なものへと変わっていった。
村の人間からはほとんど相手にされず、狭い村であるにもかかわらず完全に居場所をなくしてしまったようだ。
生まれからずっとこの村で過ごしてきた彼には、
熊谷が最後の場所として鹿ヶ峰神社を選んだのは、人生のほとんどを過ごしたであろう村を一望できるがゆえなのか?
それとも自分を追い込んだ村人たちへの当てつけのつもりだったのか?
これを機に、インターネットの世界ではまたもやトレンドとして「鹿ヶ峰村」が浮上する。「鹿神様の呪いか?」といった好き勝手な憶測が飛び交い、またも世を賑わせる結果になったのだ。
さすがの宍戸もここまでを予期していたわけではないだろう。ただ、彼が事のきっかけになったのは間違いなかった。
遺体の状況から熊谷が「自殺」したのはほぼ確定だった。ただ、その現場や彼の家を捜索しても遺書は発見されなかった。
村の中で彼が追い詰められていたのは間違いない。
ただ、そこから「死」を決断させるほどのなにかがあったのか?
その問いかけに彼が答えてくれることはない。
宍戸の行方を追っていた捜査官や、村役場の人間、村長は彼の自殺に頭を抱えていた。どうしてこう次から次へと問題が起こるのかと――。
◇◇◇
宍戸の追跡と熊谷の自殺――、双方の捜査を進めていた若い女性警官の元に見知らぬ電話番号から連絡が入る。
彼女は一応、事件の関係者にはなにかあったときのために業務用の連絡先を伝えていた。今回の電話もきっとその類だろうと察し、スマートフォンの画面に緑色で表示された「通話」のボタンをタッチする。
スピーカーの向こうからはなにか言い淀む若い女性の声が聞こえた。女性警官はすぐにそれが誰なのかを理解する。今回の事件関係者でそれに該当するのは1人しかいないからだ。
「――山中百合子さんですよね? どうかされましたか?」
電話の向こうの女性は名前を呼ばれ、なにか安心したように吐息をついた後に話し始めた。
「こんにちは、山中です。あの――、刑事さんにどうしても伝えないといけないことがあってお電話したんですが……」
女性警官はたまたま近くにいた相方のベテラン捜査官に、通話中のスマートフォンを指差しながら唇の動きだけで通話相手を伝えた。
同時に、落ち着いた口調で言葉に詰まる百合子の話を促していく。
「――私のせいかもしれないんです。熊谷のおじさんが死んじゃったの」
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