第54話 生殺し

 熊谷が宍戸に対して行った「嫌がらせ」の数々は単なる彼の私怨であり、村の総意があったわけではない。

 中には、猫の死骸がと気付きながら黙認していた者もいるだろう。しかし、あくまでそれも彼が勝手にやったことなのだ。


 さらに掲示板に晒されたスクリーンショットも、おそらく持ち去られた熊谷のスマートフォンから流出したものだと考えられた。こうした理由から彼は、村の中で非常に悪い立場に追い込まれていく。


 元々は村でそれなりに信頼を得ていた警察官だったが、今は「村八分」に近い扱いとなっており、誰と話すわけでもなく、孤独に黙々と駐在としての業務をこなしているようだ。



 インターネットの世界で鹿ヶ峰村の話題が尽きないうちは、「聖地巡礼」を謳う不謹慎な観光客の姿も見られた。

 そうした輩の中には、村の空き地や神社の境内に落書きを残していく者もいて、2次3次の被害はこれからもしばらく続いていくことが予想された。


 なにより、後から世に流れた村の新参者に対する扱いは、過疎化の進む鹿ヶ峰村にとっては致命的だった。

 元から閉鎖的と思われていた村の印象を、なお一層強くする結果となった。ほとぼりが冷めるまでの間、移住の目的で村を訪れる人間はまず現れないだろう。


 これは真綿で首を締めるかのように、じわじわと村を「死」に追いやっていくことに他ならなかった。




 村人の多くは時が経つにつれ、宍戸をきっかけに村で起こった「事件」をすべて忘れようとしていた。

 自分たちの情報が世に出回り、なんらかの悪意に晒されていたとしても彼らには結局どうしようもないのだ。手持ちの情報機器は、警察や電気屋の店主からのアドバイスでウイルスソフトを導入したり、一度初期化をしている。


 身に覚えのない電話やメールは徹底的に無視をして、やりとりの少ないメールアドレスはいっそ破棄し、別のアドレスの取得を促したりもしていた。そうすることである程度の自衛はできる。


 一部の人間にはクレジットカードの停止や再発行の依頼をさせ、被害を最小限に抑える努力をしていた。

 パソコン、スマートフォンに疎い老人たちも言われるがままになんとかそうした処理を済ませていき、それが功を奏したのか、致命的な被害が出ることはなかったようだ。




 時はそれから3か月ほど流れた。


 鹿ヶ峰村の関わる情報もさすがに追加されることはなくなってきた。単に手札を出し尽くしたのか、それとも警察関係の追跡を警戒してのものなのか、――ともあれ、宍戸の行方こそ未だ掴めていないが、村の汚名は徐々に世間から忘れ去られようとしていた。


 村の駐在、熊谷の自殺によって改めてその名を世間に轟かせるまでは……。

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