第53話 燃料

 宍戸の姿が見つからないまま、月日は流れていく。彼は村に引っ越してきた段階から入念に今回の騒動を引き起こす準備をしていたと思われる。

 彼が仕込んだであろうトロイの木馬系統のコンピュータウイルスは、いずれも奉納祭に合わせて発動するようプログラムされていた。


 ここまで用意周到なら、その後の逃走経路に関しても考えていたに違いない。捜査関係者の中には「すでに海外へ渡っているのでは?」といった意見すら出ていた。


 情報機器を巧みに利用した彼の手口はある意味で場所を問わない。インターネットを利用できる通信網さえ存在すればよいのだ。高飛びの話題が上がってくるのは、そうした事情もあるのだろう。



 鹿ヶ峰村の騒動は、なかなか収束を見なかった。その理由はいくつか挙げられる。


 1つは、役場に保管されていた村民のいわゆる「個人情報」から、メールアドレスやパスワード、それらの組み合わせとなるアカウント情報も含めてインターネット上にバラ撒かれてしまったこと。


 これらは今もなお世界中の悪意あるユーザーの手に晒され、悪用されているのだ。その全容を掴むのは不可能であり、事を起こした宍戸ですらこれらがどうなっていくかまでは把握できていないだろう。


 すべては「インターネット」という得体の知れない巨大な怪物の意志に委ねられてしまったのだ。



 ただ、事が収束しない原因はこれだけではなかった。


 普通なら今日こんにちの情報社会――、より新しくて、より刺激的な情報が次々に流れ目まぐるしく世間の話題をさらっていく。その結果、どんな衝撃的な話題も時間が文字通り「過去のもの」としていくのだ。


 ところが、鹿ヶ峰村の話題に限っては、世に忘れ去られそうになった頃合いで追加の話題が提供されるのだ。まさに「燃料投下」と言わんばかりに、マスコミやインフルエンサーが好みそうな情報が小出しに日をおいて追加されていく。


 それゆえに世間がなかなかのだった。



 「生贄の儀」の動画拡散が世の中の話題から消えかかった頃、同動画配信サイトにてまったく別のアカウントから「鹿ヶ峰村」に関連する動画が投稿された。


 その内容は、留守と思われる家の郵便受けに1人の男が手紙を投函したり、家の前に「なにか」を置いていく動画。定点カメラで撮影されたものであり、家の監視カメラの映像だと容易に想像できるものだった。


 動画の後半には、実際に投函された手紙として、真っ赤な文字で無数に「出テイケ」と書かれた紙が登場したり、置かれた「なにか」が猫の死骸であると解説が入ったりもしている。



『鹿ヶ峰村は引っ越してきたばかりの住民に対して、このような方法で歓迎をする』



 動画ではこう紹介されていた。映っている男はすべて同じ人物であり、村の人間が見たならそれが駐在所の熊谷だとわかるものだった。


 映っているのが、村で宍戸が住んでいた家であることから、この投稿主はほぼ間違いなく「彼」だと思われた。しかし、動画を投稿した先を調べたところ、その場所はインドのムンバイと特定される。


 それが実際にムンバイから行ったものなのか、なにかしらの偽装を施してそうなったのか、現段階ではわかっていない。



 この動画投稿からさらに時間を置いて、有名匿名掲示板にてスマートフォンのスクリーンショットが投稿される。


 内容は、鹿ヶ峰村の住民が他所から引っ越してきた人間に対して、悪い噂を立てているといったもの。スマートフォンでのメッセージの履歴がそのまま撮影されて投稿されており、話の内容はとても生々しいものだった。


 これ自体はその気になればいかようにも捏造ができる代物ではある。しかし、過去に投稿されている監視カメラの映像と関連付けると内容に信ぴょう性があり、その掲示板内では「ホンモノ」として扱われていた。

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