第52話 仮

 2人連れの――、40過ぎのベテランと思われる警察官と20代半ばの女性警察官は鹿ヶ峰神社の境内を訪れていた。ここで山中百合子から話を聞く予定となっている。


 彼女は大学生だが、今は夏季休暇の期間に入っているようだ。彼女の姿は不本意なかたちで世間に流出してしまった。捜査員の2人は彼女の心中をおもんぱかっていたようだが、予想に反して百合子は自然体な姿を見せた。



「動画のことはあまり気にしないでください。大なり小なり男なんて女性をイヤらしい目で見ているものでしょう? 決して気持ちのいいものではありませんが、こちらがずっと意識する方がむしろ過剰かな? なんて思ってます」



 薄っすらと笑顔を浮かべてこう語る百合子。ベテランの捜査官は下を向いてかりかりと頭を掻き、女性の捜査官はシンプルに「強い子」という印象を受けた。


 彼女は村人があまり語ろうとしない「生贄の儀」について、すらすらとなんの躊躇いもなく語り始めた。むしろ、いつかどこかでこれを言いふらしてやろうと思っていた節すらある。



「はっきり言って、厳かに気取ったストリップショーみたいなものです」



 百合子は「そこまで肌は見せませんけどね」と補足を入れたうえで、毒を吐くようにこう言い捨てた。

 村の人間ならその存在を公に語ることもはなくても、ほとんど知っている儀式。若い女性が行衣を「清め」と称した滝の水に濡らしたまま、村内外の有力者の前で舞う。


 これを行うのは決まって、奉納の演舞を舞う巫女と同一のようだ。つまり、15年前、毛利美穂も「生贄の儀」を行っている可能性が高い。


 そうなってくると単なる遭難事件は、その様相を一変させる。


 ベテランの警察官はこう考えた。村に来て数年しか経っていない女性が例の儀式をした際に果たしてなにもなかったのか?


 村に地縁のない女性ゆえに、男性たちに襲われた――、もしくは襲われそうになって山の中に逃げ込んだのではないだろうか、と。


 たとえ夏場だろうと夜間の山中は冷え込むこともある。そこにずぶ濡れになった行衣など纏っていたら間違いなく体温を奪われる。女性ゆえに無闇にそれを脱ぎ捨てて――、というわけにもいかなかったのではないだろうか?


 山の中で女性は道に迷ったのか、あるいは外へ出ても村人たちがいる。彼らが決して安全な人間ではないとなると出るに出られない状況に陥ったのではないだろうか?



 そして、もしも今回の事件の容疑者と思われる宍戸がこうした仮説――、あるいは事実に行き着いていたとしたら……。


 彼はではなく、「鹿ヶ峰村」そのものに対して母親の復讐にやって来た可能性が浮上してくるのだ。



 警察官2人は百合子から「宍戸 駿」についても聞き取りを行った。村の中で宍戸と彼女は何度か一緒にいるところが目撃されており、それなりに仲がよかったと思われている。



「私と宍戸さんの仲ですか? よかったと思いますよ、少なくとも他の村のみんなよりかは――」



 今の段階で、宍戸が村に対して行った所業は断定ではないしろ、村人にとって「周知の事実」となっていた。百合子も当然、コンピュータウイルス絡みから例の動画配信についても彼の仕業だろうと理解しているのだ。


 それでも――、意外にも彼女の口から宍戸を非難するような言葉は出てこなかった。



「宍戸さんがやったことは、それはもう私からしたら最悪ですよ? でも、なんていうか……、可哀想な人だとも思うんです」



 百合子はこう言った。今回、宍戸は村の人間に多大な損害を与えて姿を眩ませている。村人は掌を返すように、彼の人間性を否定し、やはり他所から来た人間は信用できないと罵っているのだ。


 ただ、これらは宍戸が事件を起こしたがゆえに「表」に出ただけであって、最初から村人たちは本心で彼を村の一員とは認めていなかったのだ。


 いい人間かそうでないかは関係なく、鹿ヶ峰村は他所から来た彼を決して受け入れていなかった。百合子はそれをうんざりした口調で語った。



「理由はよくわかりませんけど――、あの人、この村をぶっ壊しに来たんだと思います」



 そう言って百合子は警察官2人に、いつかこの神社に宍戸と2人でやって来た時の話を聞かせた。

 宍戸は長い時間、目を瞑ってお参りをし、その後なにか決意を込めたような目つきをしていたという。


「今になって思うと……、きっと村の守り神――、『鹿神様』に挑戦状を叩きつけてたんですよ? これからこの村をめちゃくちゃにするってね? 止められるもんなら止めてみろって言いに来たんです。きっと」

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