第2章 偏屈な人

第8話 面倒な常連

「まったく……、このパソコン、不良品なんじゃないのか?」


 ナカジマ電気店のカウンターで悪態をついている男性客がいる。髪はほとんどが白髪で、頭皮が疎らに見えている。お世辞にも「整っている」とは言えなかった。

 彼は名は「亀井」。この店に何度も出入りしているお客のひとりだ。ただ、常連として歓迎されているかというと疑問符がつく。


 今、応対をしているのは宍戸ではなく、店主の中嶋。彼曰く、5年ほど前にノートパソコンを購入していったのだが、事あるごとに「不良品」といって持ち込んでくるそうだ。

 ただ、毎度のことだが機器に不良といえるところは一切ない。亀井が望む操作の手伝いをさせられた挙句、彼は一切の料金を払わずに去っていくのだ。


 宍戸もナカジマ電気店で働くようになってから彼の姿を何度か見かけているが、その応対は中嶋がやっていた。



「いいかい、亀井さん? パソコンは長年使っていると動きが悪くなったりするもんなんだよ? だけど、それは故障じゃないからね?」


「わしはこのパソコンで株の取引きをしとるんだ。せっかくの売り時と思ってもこの機械の動きが遅いもんだからタイミングを逃しちまう!」


 亀井は、パソコンのせいで損失を被ったら責任とってくれるのか、などとお門違いも甚だしい文句を並び立てている。ただ、中嶋もこうした対処――、というよりはこの「亀井」というお客の扱いに慣れているのか、適当にあしらって相手にしていなかった。



「たったの5年程度でこんな動きになるもんか? わしは昔、大手家電メーカーの工場で働いとったが、5年で壊れるような機械はつくってなかったぞ!」


「だーかーら、言ってるでしょう? 亀井さんのパソコンはどこも壊れていませんよ」


 結局、亀井は機器の文句を散々言った後に、ちょっとした操作説明を聞いて店を出て行った。中嶋は彼を見送った後、大きくため息をつく。


「お疲れ様でした。亀井さんにも困ったものですね?」


 宍戸は店主の苦労を労うようにそう言った。


「あの人、本当は使い方を知りたいだけなんだよ? けど、変なプライドが邪魔して素直にそう言えないんだ。だから、ああして機械に難癖付けて、さもこっちが悪いようにしながら最後に聞きたいことだけ聞いていくんだ」


「――それをわかったうえで、対応される店長はお優しいですね?」


「まあ……、なんていうか可哀想な人でもあるからね。何年か前までは年に1度は息子夫婦がお孫さんを連れてこっちに帰って来てたんだよ」


 中嶋の話では、例の感染症が広がってから息子夫婦の帰省はなくなってしまったそうだ。亀井がパソコンを買った際も息子が同行していたそうで、きっと彼の息子はそういった知識に明るい人なのだろう。


 しかし、そんな息子夫婦が戻って来なくなり、亀井の相談相手はいなくなってしまったのだ。


「息子さんやお孫さんと会えない苛立ちもあるんだろうね? 以前はあんな偏屈じゃなかったんだけど……」


 中嶋の話を聞きながら、宍戸は考え事をするように視線を上に向けた。羽虫の死骸がいくつか見えるシーリングライトが目に入る。



「亀井さんが尋ねてくる操作は、どういった内容なんですか?」

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