第7話 記憶
森夫人はご主人とは別に自分用のノートパソコンを所持していた。今日は手帳と一緒にそれも持参してきている。
宍戸は外部媒体のフォルダ容量を見て、それほど多くないのを確認すると白いUSBメモリーを取り出し、データをコピーした。パソコンの画面に緑のバーが映し出され、おおよその所要時間も一緒に表示された。
彼はその時間を確認すると、森夫人のパソコンをカウンターで立ち上げ、そちらにデータを移す準備を始めた。程なくしてコピーの終わったメモリーを彼女の機器に差し込み、中の情報を夫人と共に見ていく。
宍戸はメモリーにあるデスクトップフォルダの中に、「オセロ」と書かれたフォルダを発見した。彼はそれを夫人のパソコンへコピーし、さらに中身を開いてみる。
プログラム用のさまざまなファイルがある中、ひとつだけ日本語で「スタート」と名付けられたものを見つける。
彼がそれをダブルクリックすると、画面の真ん中に碁盤の目と交差して置かれた白と黒2つずつの碁石が表れた。
「こっ……、これです! 主人がつくっていたのは!」
森夫人は画面を食い入るように見つめていた。宍戸が試しに碁盤の空きスペースをクリックするとそこに黒の碁石が配置され、間髪入れずに別のところに白の碁石が置かれた。
どうやら1人対戦用のオセロゲームを森夫人のご主人はつくっていたようだ。
そして、それがご夫人のパソコンでも正常に動作するのがこの瞬間に確認できた。
傍から見れば、単なるシンプルなオセロのゲームだ。しかし、森夫人にとってはきっとこれの制作をしていたご主人の姿を思い起こすものであり、共に過ごした時間を感じられるものなのだろう。
「ありがとうございます、宍戸さん。本当は……、パソコンが動かなかった時点で半分諦めていたんです」
夫人は目に涙を浮かべて何度もお礼を言った。宍戸は「仕事を引き受けただけですから――」と至って謙遜した態度をとっている。
その後、宍戸は他のデータもまとめて夫人のパソコンへとコピーした。
「不要なものもあるかもしれませんが、まとめて移しておけば少なくとも、『大事なものがない』、とはなりませんから」
そう言ってからパソコンの電源を切ると、夫人が持っていた手提げ鞄にそれをしまっていく。
「ご主人のパソコンはどうされます? ご不要であれば処分致します。お持ち帰りされるなら改めて部品を組み直さないといけませんので、少しだけ時間がかかりますが――」
「もう少しだけ手元に置いておこうかと思います。後日また立ち寄りますので、今日は私のだけ持って帰りますね」
夫人はデータ取り出し料の支払いをし、何度もお店の方を振り返り頭を下げて去っていった。その姿を見送る宍戸に、店主の中嶋が話しかける。
「いい仕事をしたなあ、宍戸さん!」
「頼まれたことをしたまでですよ。――とはいえ、うまくいってよかったです」
この日はそれ以後、電池や電球を買いに来たお客が数人訪れる程度だった。何事もなければナカジマ電気店は夜の7時にお店を閉める。
閉店の業務を少し手伝って、宍戸は7時半ごろに自転車に乗って電気屋をあとにした。
村は街灯も少なく、都会の7時とは比較にならない闇に包まれる。発電式のヘッドライトを照らしながら、宍戸は夜道を自転車で進んでいく。灯りが少なければ、当然音も少なく、前輪に取り付けた発電機がギーギーなる音だけが耳に届いていた。
そして土地代だけで、建物はほぼ
家に入る前に、玄関の郵便受けを確認する。時々、回覧板が入っていたりするようだ。ただ、今日は入っていたものは、別のモノだった。
差出人も宛名もない白紙の封筒。宍戸は、周囲を見回したあとにその中身を覗いた。中には1枚だけ小さな紙切れが入っている。そこには定規で線引きしたような角ばった文字でこう書かれていた。
『出テイケ』
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