第6話 記録
「差し支えなければそのページ、拝見してもよろしいですか?」
昼過ぎ、宍戸は来店した森夫人から手帳を見せてもらっていた。細かくびっしりと、メールアドレスやらパスワードとその登録元のサービス名が記載されている。森さんのご主人は生前きっとマメな性格をしていたのだろう、とこの一冊が物語っていた。
「8文字で……、英数字の組み合わせもある。おそらくこのパスワードで間違いないかな?」
彼は自分自身に確認させるかのように、独り言を呟きながらパスワードに見入っている。
「ここにあるパスワードで合っているか試してみますので、少しの間手帳をお借りします!」
そう言って宍戸は手帳を預かり、例のハードディスクを繋いでいるパソコンの前に立った。インターネットブラウザを開いて、該当のログインページにいき、記載されているメールアドレスとパスワードを入力する。
このwebサイトでは、先にメールアドレスを入力し、続けてパスワードを入れるようになっている。
登録元によっては、アドレスとパスワードを同時に入力し、どこかに相違があると「情報が異なります」と表示される場合もある。
後者のパターンだとどちらかの情報は合っているのか、合っているならそれはどっちなのか、もしくはいずれも相違しているのか――、これらの判別ができないので、情報が不明確な場合はより困難を極めることになる。
一方、今回のケースではメールアドレスを入れた時点で次のパスワード入力画面が表示される。すなわち、仮に次で「違う」と表示されても少なくともアドレスまでは合っていることがわかるのだ。
パスワードを8桁、入力した文字はすべて「●」で表示でされているが、隅っこにある目玉のマークを押すときちんと読める文字で表れる。
宍戸はパソコン画面と手帳を何度も往復して、入力間違いがないことを確かめた。そして、意を決して「ログイン」のボタンを押す。
『パスワードが相違しています』
彼は思わず額に手をやっていた。利用者本人が他界している状況で、パスワード不一致となると困難をきわめる。次なる手はパスワードのリセット、再発行だろうか。
しかし、それには登録されているメールアドレスに届くメールを確認する必要があり、それはおそらく故障しているパソコンでしかできない。
ダメで元々、そんなつもりで夫人にメールアドレスについて尋ねてみるかと考えた。そのとき、宍戸の頭にある閃きが去来した。
亡くなったご主人の手帳には今必要なもの以外にもさまざまなパスワードが記載されている。そこにあるアルファベットはいずれも大文字で書かれていた。当然、宍戸も疑問をもたずに大文字で入力をしたのだ。
しかし、パソコンで文字入力する際、なにもしなければ基本的にはすべて小文字で入力される。わざわざ入力モードを変更したり、Shiftキーを使って入力するだろうか?
パスワード入力は、複数回間違えるとアカウント自体にロックがかかってしまうこともある。ロボットなどを用いた不正アクセスを防ぐための措置だ。それゆえ、あまりイカサマな入力は何度も試せない。
宍戸の経験上では続けて2回の間違いでロックがかかることはなかった。しかし、3回目は登録先によっては怪しくなってくる。
彼はパスワードの再入力画面にてゆっくりと文字を確認しながら、今度はアルファベットをすべて小文字で入力し……、そして再びログインボタンを押した。
ブラウザの画面が真っ白に切り替わり、マウスのポインタが青い輪っかに変わってぐるぐると動いている。次になにが表示されるか、宍戸はじっとパソコン画面を見つめていた。
次の瞬間、画面には大きく「ようこそ」と表示され、右上にあるユーザー名には「森 昭雄」と表示されていた。
「――いけた」
彼は小さな声でそう呟くと、そのユーザー専用画面から暗号化の解除キーを表示させ、メモ帳のアプリケーションにコピーをとって貼り付けた。続けて、南京錠が出ているハードディスクのアイコンをクリックし、解除キーの入力欄にメモ帳の内容を張り付ける。
そしてエンターキーを叩くと、外部媒体の中身がパソコン画面に表れたのだ。
「森さん、いけましたよ! ご主人様のデータ、取り出すことができそうです!」
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