第18話 お仕事

「宍戸さん、もうひとつお尋ねしてもいいですか?」


「ああ、駅に着くまでならなにを聞いてくれてもいいよ? ただし、答えるかどうかは内容によるけどね?」


「電気屋さん以外にも家でなにかお仕事されてるって噂で聞いたんですけど――、どんなことしてるんですか?」



 村人の情報網はある種の監視レベルだな、と宍戸は苦笑いを浮かべる。


「家でできる仕事だよ。インターネットがあると都会になんて出なくても、案外なんでもできるものだよ」


「家でインターネット……、トレーダーとか? ひょっとしてあれですか!? 流行りのゲーム実況とか動画配信とかそういう感じの!?」


 百合子は自分で言って、勝手に興奮して目を輝かせている。こうした分野はやはり彼女くらいの若い世代で特に話題となっているのかもしれない。



「――そうだね。当たらずとも遠からずって感じかなー」


「えー、なんで隠すんですか? 教えてくれてもいいじゃないですか?」


「仮に――、例え話として、僕が実況や配信をしてた、としてだ。それは僕を知らない他人しか見てないと思ってるからできるんだよ。知り合いが僕とわかって見てるなんて考えたらまともにできやしないよ?」


 宍戸がそう口にしたとき、ペンキの薄くなった青い駅舎の屋根が目に入った。どうやら百合子の目的地はすぐそこのようだ。



「よし、駅までもうすぐだ。僕はこの先の武田さんとこまで行くから、ここで降ろしていくよ?」


「……そっか、もう着いちゃったか」



 宍戸が駅前のタクシー乗り場に車を止めると、百合子は名残惜しそうにしながら車の座席から降りた。宍戸は荷台に乗ってワイヤーを外し、彼女の自転車を下に降ろしている。


「それじゃ、勉強がんばって」


「はい! 送ってもらってありがとうございました! お仕事がんばってください」


 百合子は走り去る軽トラックに向かって頭を下げる。それに応えるようにクラクションの音が短く1度鳴った。




 宍戸は今回のお客である「武田」の家を訪れ、デスクトップパソコンのセッティングをしていた。家のインターネットやプリンタは共にケーブルで直接つないでおり、新しい機器と古い機器のそれを入れ換える。


 年齢は70代くらいだろうか、2人暮らしの武田夫妻に彼は細かく使い方の説明をする。

 慣れた人間であれば、操作にそう迷うことはないのかもしれないが、それなりに年を重ねた人には、アイコン表示がひとつ変わるだけでも大きな変化と感じるようだ。


 宍戸はこの村に来て電気屋で働きながらそれを学んでいた。新旧2つのパソコンを並べ、以前のパソコンでの使い方を聞き取りながら、新しい方の機器で同じ操作をどうするか、実演して説明していく。



「ノートタイプと違って、お店に持ち込んでもらうのも大変ですから。今のうちに訊いておきたいことはなんでも言って下さい」



 なんでもそうだが、「質問はありますか?」と言われてその場ですぐ出てくることは少ない。しばらく時間を置いてから、ふとしたタイミングで浮かんできたりするものだ。


 宍戸もそれは十分理解しながらも、時間の許す限り新しい機器を夫婦に触ってもらい、今この瞬間で疑問を出し尽くそうとしていた。


 老夫婦の用途は、簡単なインターネット検索、家計簿、年賀状などのはがきの作成くらいのもの。メールも使っていると言っていたが、旧のパソコンには広告のメールが入っているだけであまり使用感はなかった。


 操作の案内をしながらデータの引っ越しも併せて行い、武田夫妻には満足してもらえた様子だ。



「設置はこれにておしまいですが、以前使っていたパソコンはどうされますか? お手元に置いていても構いませんが、不要なら持ち帰ってこちらで処分しますよ?」



 夫妻は顔を見合わせ少しの間相談した後、処分することを選んだ。改めて後日にすると運んだりが面倒のようだ。


「――わかりました。それではこちらは僕で回収致しますね。またお困りがありましたらいつでもご相談ください」


 宍戸はそう言って、年季のいったデスクトップパソコンを両手で抱えると、玄関で一礼して武田宅をあとにした。

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