第19話 噂
「宍戸さん、お疲れ様。聞いたよ? 途中、山中さんとこの百合子ちゃんを駅まで乗せていったんだって?」
ナカジマ電気店に帰って来た宍戸を出迎えたのは、店主のこの言葉だった。
「ええ、配達の途中にすれ違いまして。通り道でしたから……」
申し訳なさそうに頭を下げる宍戸に対して、中嶋は大袈裟に両手を振る仕草をして見せた。
「勘違いしないで、宍戸さん。別に怒ったりしていませんよ? 事故にならなかったらそれくらい構いませんて。きっと百合子ちゃんに甘えられたんでしょう?」
宍戸はこの問いに明確には答えず、苦笑いを浮かべながらこう言った。
「いやはや……、どこで見られているかわかりませんね? この村では絶対に悪いことはできません」
「都会から来た宍戸さんにはびっくりかもしれないねえ? 狭い村だから噂はすぐに広がるし、宍戸さんや百合子ちゃんは若いから村では目立つんだよ」
「ははっ、僕と一括りにされたら彼女は怒るでしょうけどね? 若いと言っても10歳くらいは離れてますよ」
年齢的なところもたしかにあるのかもしれない。だが、宍戸に限ってはやはり「他所から来た人間」ゆえに見られているのだと思っていた。
彼が鹿ヶ峰村にやってきて今で約8か月。村ですれ違うほとんどの人から名前も顔も覚えられている。
表面的には村に馴染み、彼を避けるような人は見当たらなくなっている。だが、内心どう思われているかはわからない。村の「中」で育ったのか、「外」なのかでそれなりの隔たりはあるだろうと、宍戸は考えていた。
少なくとも自分を歓迎していない人間が、この村に多少はいることも理解している。
だが、それは考えても仕方ないこと。あくまで宍戸は、自分自身が暮らしやすいように振るまおうと決めているようだ。
「――けど、百合子ちゃんとあんまり仲良くしてたら村のおじさんたちから目ぇ付けられるかもしれないよ! 気を付けないと」
「えっ……と、それはどういう――?」
「まあ、あの
「ははっ……、ひょっとしてそれは、店長もですか?」
「おおっと、そうだなー。オレもそんな目で見てるとこあるかもなー。宍戸さんがもっとチャラチャラした男だったら今日なんかも怒ってたかもしれないよ」
「それは助かりました。心配しなくても、そんな親密な仲ではありませんよ? 彼女も10も離れたおじさんに興味なんかないでしょうから」
「そうそう! ユリちゃんは村みんなの『娘』みたいなもんだから! 変にちょっかい出さない方がいいですよ、なーんて!」
大声で話に割って入って来たのは、駐在所の熊谷だ。ハンカチで首回りの汗を拭いながら、エアコンの風を気持ちよさそうに浴びている。
「いらっしゃい、熊谷さん。どうしました? 電球でも切れましたか?」
店主の中嶋が彼に歩み寄って話しかける。
「いえいえ、巡回の途中だったんですけど、どうにも蒸し暑くてたまらんのですよ。ちょっとばっかし、休憩がてら麦茶でももらえないかなーっと――」
「まったく……、うちは喫茶店じゃないよ? どうせなら電池の1個でもいいから買って行っておくれ?」
中嶋はそう言いながら店の奥に入っていく。きっと注文通り麦茶を入れに行ったのだろう。
店長が外したことで、宍戸と熊谷の2人がその場に残された。宍戸はとりあえず、パソコンの相談を受けているカウンターの席を引き、熊谷を座るよう促す。
「巡回お疲れ様です。こう暑いと大変ですね?」
「いや、まったくですよ! 今からはしばらく巡回には厳しい時期が続きます」
「――巡回って言っても、怪しい人なんて村の中には誰もおらんでしょうが」
氷の浮かんだ麦茶を持って中嶋が戻ってくる。熊谷は「ありがとうございます」と言って、半分程度を一気に流し込んだ。
「怪しいモンはおらんかもしれませんけど、暑さで倒れる人なんかはおるかもしれませんからな。この暑さでも田んぼ畑にはみんな出とりますから」
「ミイラ取りがミイラにならんようにして下さいよ?」
「そうならんようにここで休んでるんじゃないですか!」
熊谷と店長の話を横で聞いていた宍戸だが、特に話に加わるでもなく、店の掃除でもしようかと埃取を手に取った。そのとき、熊谷は彼の方に顔を向けて問いかける。
「宍戸さん、なにかお困りごとはありませんか?」
警官の視線を正面に受けながら、宍戸は薄い笑みを浮かべてこう返した。
「はい、お気遣いありがとうございます。特に――、なにもありませんよ?」
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