第20話 帰り道
ナカジマ電気店の閉店間際、宍戸が店のシャッターを下ろそうとしていると自転車のベルが聞こえてきた。
「あー、間に合った間に合った! 宍戸さん、まだお店開いてますよね?」
学校帰りの百合子が立ち寄ったようだ。たった今閉めようとしていたところだが、ここまできて追い返すわけにもいくまい。
「ああ、まだギリギリいけるよ?」
「よかったー! 友達に貸したUSBが返ってこなくって。明日の授業で使うからもう1つ買おうと思って――」
話し声が聞こえたのか、店の中から中嶋も顔を出す。
「百合子ちゃん、おかえり。なにかお買い物かい?」
「中嶋のおじさん、ただいま! うん、USBが急に必要になっちゃって!」
「何ギガくらいのものがいるんだい?」
「うーんとっ……、そんなにいらないけど、16くらい?」
中嶋は百合子の返事を聞くと、「ちょっと待ってて」と言って店内に戻っていった。そして、1~2分すると手にUSBメモリを持って戻ってきた。
「これメーカーさんが販促品で配ってるUSB、32ギガ入るやつだから持ってっていいよ?」
ありふれたUSBメモリーだが、パッケージのバーコードのところにメーカーの名前と「販売促進品」と書かれたシールが貼ってある。
「えー、いいんですか!? ありがとうございます!」
百合子は遠慮なくそれを受け取ると、にこにこしながら背中のリュックをぐるっと表に回してきて、USBを中に入れた。
中嶋は気を付けて帰るよう声をかけ、宍戸も改めてシャッターを下ろそうと、金属製のフック棒を握る。
「――宍戸さん、もうあがりですか? よかったら一緒に帰りません?」
百合子の言葉を聞いて、宍戸はその視線を中嶋の方へと向ける。
「もう日も沈みかかってるからね。宍戸さん、あとはオレがやっとくから百合子ちゃんと一緒に帰ってやりな?」
「さっすが中嶋のおじさん、ありがとう! パソコン買い替えるときはまた絶対ここに来るからね!」
百合子は、宍戸がお礼の言葉を口にする前に礼を言っていた。もっとも、彼女がパソコンを買ったのは今年の初頭なので、買い替えるといってもいつになるのやら……。
宍戸が一度、店に入って自分の荷物を取ってくると、すれ違いざまに中嶋から「気に入られちゃってるね」と言われた。
夏至を過ぎて数日経ったばかり。夜の7時過ぎでも陽の明るさがまだ空に残っていた。
宍戸と百合子のふたりは自転車を横に並べ、ゆっくりとした速さで帰り道を進んでいく。
「今日は駅まで送ってくれてありがとうございました! こんなに楽に学校行けたの初めてですよ!」
「それはよかった。店に戻ったら、もう店長が百合子ちゃんを乗せたこと知っててね。びっくりしたよ」
宍戸の言葉を聞いて、百合子はどこか遠い目をしていた。少しの間、会話が途切れ、自転車の前輪から発電機の回る音だけが聴こえてくる。
「――なんでもすぐに噂になっちゃうんですよ、気悪くしませんでした?」
「別に。驚きはしたけど……、そんなものなのかなって思ったくらいさ」
「そう、私はこんな衆人環視みたいな村、すぐに出て行きたいけどなー。なんでも知られてるってほんっとに気味が悪いんだから」
「都会だと目の前に倒れてる人がいても、声をかけなかったりするからね? 一長一短だよ」
「でもでも! 都会には虫とかそんなにいないんでしょ!? こうして自転車で走ってるだけで顔に虫が当たるんだから! 家で鏡を見たらね、髪に絡まってたりするのよ?」
「虫か……。虫はたしかに多いな。この間も掌くらいありそうな蛾が窓に止まっててね、びっくりしたよ」
「でしょー! 私、大学を卒業したら絶対村を出て行くって決めてるんです! もうしばらくの辛抱なんですよ」
「それはそれは――、村の人たちは寂しがるだろうね」
宍戸が視線をふと遠くに向けると、道の先で自転車のヘッドライトと思しき灯りが動いているのが見えた。
「あれ自転車かな……。この時間ならきっと熊谷のおじさんね」
「今日も熊か猪相手のパトロールかな? 暑いのにご苦労様だね」
「――ごめんなさい、宍戸さん。私、こっちの道から帰るね? 今日はありがとう」
百合子は右に曲がる道を指差しそう言った。だが、その道は宍戸の知る限りでは、彼女の家へのルートとは異なっている。
「どうかしたのかい、百合子ちゃん? こっちの道は――」
「嫌いなの」
百合子は宍戸を遮るように話の途中で言葉を挟んだ。
「私、あの人嫌いなの。だから、こっちから帰る」
彼女はそう言い残して、宍戸の次の言葉を待たずに自転車を走らせた。道を曲がると立ち漕ぎになって一気に加速し、その姿は闇の中に溶けていった。
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