第5章 鹿ヶ峰神社
第21話 休日
夜中、日付を跨いだくらいの時間だろうか。宍戸は家の中でひとり、ノートパソコンと向き合っていた。元々の画面とは別に、2まわりほど大きなモニターを外部出力で繋いでおり、いわゆる「デュアルモニター」にして使っている。
「――またか」
彼は小さな声で独り、そう呟いた。視線はパソコンの画面と窓を行き来している。窓には遮光カーテンをしているが、おそらく隙間から多少の光は漏れているだろう。
宍戸は立ち上がってゆっくりと窓に近付き、人差し指でカーテンをほんの少しだけずらした。その隙間から目を細めて玄関付近を覗く。
家の玄関は、ライトで明るく照らされていた。しかし、そこに人影はない。彼は玄関にセンサー付きの照明を設置しているため、近くを人が通ると自動的にそれが作動するのだ。
仮に家に立ち寄らなくても、誰かが前を通っただけで灯りは点いてしまう。だが、果たして夜の12時を回った時間に、この村で「通りすがり」がいるだろうか?
さらに、こうして夜中に玄関の灯りが点くのは今日が初めてではなかった……。
――翌日。
今日はナカジマ電気店の定休日。都会の家電量販店はすっかり「休みの日」の概念がなくなってしまっているが、個人経営の小さなお店は週に1回程度、しっかり休日を設けているようだ。
宍戸はこの日、百合子と会う約束をしていた。彼女が村の案内を買って出てくれたからだ。
村にやって来て半年以上経ってはいるが、家の周囲や電気屋が並ぶ通りを除いて、彼は村の中をあまり歩いていない。
ここへ来た時期が秋から冬にかけてであり、雪が積もってあまり動き回れなかったこともある。だが、暖かくなってからもあまり出歩いていないのは、村人の視線を気にしてのこともあるだろう。
どこへ行っても「見られている」感覚が彼の行動を縛っていた。この狭い村の中で万が一にも「不審者」などといった噂が立とうものなら、まともに暮らせなくなるかもしれない。
ただ、数か月この村で過ごしたことで宍戸の「人間性」に関しては、ある程度の信頼を得ているようだ。この状況で誰かが村の案内役を務めてくれるのは、とてもありがたかった。
先日、梅雨明け宣言がされたこともあり、陽射しの強いよく晴れた日。宍戸は家に常備している500mlのミネラルウォーターを凍らせて2本持参していた。片方は百合子に渡すためのものだ。
「ありがとうございます! まだ10時だっていうのにこの暑さですもんねー」
彼女は受け取ったペットボトルを額に当て、少ししてから首筋にも当ててその心地よい冷たさに頬を緩めた。
グレーの薄手のブラウスに、少しダメージ加工のされたジーンズパンツのスタイル。白いスニーカーを履いて、つばの狭い麦わら帽子を被っている。
一見して宍戸は、登校時に見かける姿よりもずっとおしゃれだと思った。
一方の彼は、スポーツブランドのワンポイントが入っただけの白いTシャツに、ファストファッション系のジーンズと――、お世辞にもおしゃれとは言えなかった。
「案内って言っても見てまわるようなところほとんどないんですよ? 鹿ヶ峰神社のあたりくらいですかねー?」
鹿ヶ峰神社――、いつか百合子が話していた「奉納祭」の会場となる神社の名前だ。
「お祭りのある神社だったかな? 一度行ってみたかったからそこを案内してもらおうか」
彼女もそのつもりだったようで、ミネラルウォーターを一口、口に含んでから「行きましょうか?」と歩き始めた。
田園に囲まれた畦道を2人並んで歩いて行く。時々、農作業中の村人から声をかけられ挨拶を交わす。
田んぼの水面の上にはたくさんのトンボが飛び交っていた。セミの声はいくつかの種類が混ざり合って合唱をしている。青い空と白い入道雲、その下には山林や田畑の緑が広がっている。
遠くの山まで視界を遮るものがないこの光景は、都会からやって来た宍戸にはとても美しいものに映ったかもしれない。
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