第22話 村の神社
「自転車で来てもよかったんですけど……、山の中にあって坂が多いですし階段もあるので歩きの方がいいかなーって」
30分ほど歩いただろうか、2人は「鹿ヶ峰」と呼ばれる山の中に入っていった。山道の両脇を鬱蒼とした木々が覆っており、陽射しは遮られている。
かすかに冷たさを帯びた風が時折吹き抜け、畦道を歩いていたときの暑さを忘れさせてくれた。
山の中はヒグラシの大合唱で、ふたりの話し声は自然と声量が大きくなっていく。
「この道をしばらく上っていくと、神社に続く階段があるんです。けっこう歩きますので、疲れたら言ってくださいね?」
「ありがとう。情けないけど、体力は百合子ちゃんの方がありそうだからね。きつくなったら休憩をとろう」
緩やかな傾斜の道がしばらく続く。
道は一応、舗装されてはいるが落ち葉と短い枝がコンクリートを覆い尽くしている。水はけもあまりよくないのか、水溜りがところどころにあり、アメンボが泳いでいた。
道の先が開けたかと思うと、2人の前に100段をゆうに超える石段が姿を現した。その天辺には朱色の鳥居がかすかに見える。この上に鹿ヶ峰神社はあるらしい。
「さぁ! もうひと踏ん張りですよ! がんばっていきましょう!」
百合子の声に応じて宍戸は頷くと、ミネラルウォーターで口の中を湿らして階段に挑んだ。
「神社の境内はけっこう広いんですよ? ここまでけっこう登って来てますので、見下ろす景色もなかなかのものです」
「そうか、先に楽しみがあったらがんばれそうだ。これからは日々運動もするよう心掛けるよ」
宍戸の足取りは明らかに百合子より重たかった。年齢もあるだろうが、毎日大学への登校で、長い距離を往復している百合子が特別なだけかもしれない。
石段の先の鳥居をくぐったときには、宍戸の息は絶え絶えになっていた。残り3分の1ほどになっていたペットボトルの水を一気に飲み干す。
「はぁ、はぁ……、百合子ちゃんはすごい体力だね? 恐れ入ったよ」
「ま! そりゃ私、若いですから!」
宍戸の視界に広がったのは、開け放たれた神社の境内。真っ直ぐと続く参道とその先に見える拝殿。さらに奥には大きな本殿も見て取れた。
「とりあえず――、せっかくなんでお参りしましょうか!?」
百合子は軽い足取りで参道を進んでいく。宍戸はそれを見て、軽く膝を叩いて気合いを入れてから追いかけた。
参道の途中、左側にしっかりと手入れされた神楽殿がある。宍戸がぼんやりとそちらに目をやりながら歩いていると、百合子は言った。
「――お祭りの日にはあそこで『奉納演舞』が開かれます。村の外から来る人のお目当てはほとんどそれですね」
「小耳に挟んだんだけど――、今年その演舞を舞うのは百合子ちゃんなんだって?」
百合子は一瞬、はっとした表情を見せた。どうやら宍戸がそれを知っているとは思わなかったらしい。
「……なーんだ。知ってたんですね? 当日、驚かせてやろうかと思ってたのに」
「黙ってたらよかったね。でも、演舞なんてすごいじゃないか? 練習とかもあるんだろう?」
宍戸の問い掛けに、百合子は片手で帽子を押さえ、空を見上げてくるくると2度ほど回ってから視線を彼に戻した。
「あんまりすごいとかは思ってませんけど? 練習は休みの日にやってるというか、やらされているというか……」
その口ぶりから、村の奉納演舞という大役を、彼女はそれほど誇らしく思っていないのが窺えた。
「変なしきたりがありまして……、演舞は18以上の女の子で、過去に一度もそれをやったことない人に限られるんですよ?」
百合子曰く、鹿神様の生贄となった村娘を祀る演舞のため、「娘役」の女性は一度演じることで生贄になったことになるらしい。つまり、2度目が巡って来てはおかしいのだ。
そんな説明を聞きながら、2人は拝殿の前までやって来た。宍戸はズボンのポケットから小銭入れを取り出し、5円玉を2枚取り出して片方を百合子に渡す。
彼女はお礼の一言を言うと、すぐにそれを賽銭箱に放って勢いよく2度手を叩いた。時間にして2~3秒だろうか、目を瞑って百合子は拝む。彼女は村の神様になにを願ったのだろうか。
ほどなくして目を開いた彼女は、その視線を右隣りの宍戸へと向けた。すると、彼は目を固く閉じたままで、まだ拝み続けている。
10秒程度、成り行きでの参拝のわりにはずいぶんと長い時間をかけていると百合子は思っていた。その横顔をじっと見つめていると、宍戸はゆっくりと目を開いた。
その表情は、決意めいたものが込められているようにも見えた。
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