第39話 困り事

「――『困り事』があるって知ってるんじゃないかと思いまして?」


「どうされました、宍戸さん? ちょっと仰ってる意味がわかりませんが、お困り事があるのなら遠慮なくどうぞ?」


 熊谷は変わらぬ笑顔で宍戸へ問い掛ける。一方の宍戸は、やはり彼の方を向こうとはせずにただただ真正面を見ながら歩いていた。



「――妙な手紙が家に届くんです。続けて何日も何日も」


「お手紙……、ですか? それはどんな内容のものか、窺ってもよろしいですか?」


「ええ、いつも赤い文字で『出テイケ』と書いてあります。1つだけのこともあれば、紙一杯を埋めるように無数に書いてあることもありました」


「出ていけ、ですか。それは捨て置けない内容ですな。そのお手紙は手元に残されていますか?」


「いいえ、全部すぐに捨てました」


「そう……、ですか。たしかに手元にあって気持ちの良いものではないと思いますが、証拠品になりますからな。次に手紙が届いていたら自分に渡してくれますか?」



 熊谷の言葉に宍戸はなにも返さない。先ほどまでの話もまるで独り言を呟いているかのように正面を見ながら話しているのだ。


「家の前に猫の死骸が置いてあったこともあります。さすがに偶然、僕の家の前で力尽きた様子ではありませんでした。それに、先日なんて……、夜に窓から石を投げ込まれましたよ?」


「ちょっ……、ちょっと宍戸さん! それは大事おおごとじゃないですか! あなたの身に危険が迫っているかもしれないんですよ!」


「危険? うーん、まあたしかに危険なのかもしれませんね」



 宍戸はまるで他人事のようだ。それに熊谷は違和感を感じている。ずっと前を見ている彼の表情が読めないのだ。


「きっと宍戸さんが余所から来た人ですから、毛嫌いしとる村人がおるんですな。自分の口からこういう話はしたくありませんが、無条件に外の人間を嫌うモンが村にはおるんですよ」


 熊谷はまくし立てるようにそう言ったが、当の宍戸からは全く反応がなかった。



「ああ、そうそう! 熊谷さんに伝えないといけないことがあるんです」



 これまで熊谷の話を聞いているかどうかすら怪しかった宍戸。前を見続けていたかと思うと突然、彼は足を止める。そして、熊谷の方に目を向けた。その顔は普段の電気屋にいる彼の顔であり、前を見ていたときも同じ顔をしていたのかと熊谷は疑問に思っていた。



「僕の家、監視カメラを付けてるんですよ? ネットワークカメラって言いましてね? 小さいんですけど、家のネットワークに繋ぐと自分のパソコンとかでその画像が見られるんです」



「か、監視カメラ……、ですか。それはそれは、用心深いことですね」


「ええ。元々何台か持っていたんですが、わざわざ買い足しましたよ。まさか家に監視カメラを付けないといけないなんて思わないじゃないですか?」


 先ほどまでとは打って変わって、妙に近い距離感で話をしてくる宍戸。熊谷はなぜかこの電気屋で働いているだけの男にえもいわれぬ不気味さを感じ始めていた。



「何度も映っていましたよ、熊谷さん? あなたが手紙を入れてるところとか、猫の死骸を置いていったところとか? さすがに石を投げ込むところは見つけられませんでしたが……」



 街灯の少ない村の田舎道は日が沈んだだけで途端に暗くなる。明かりが少なくなれば当然出歩く人も減り、外はまだ21時にもなっていないというのに闇と静寂に包まれていた。


 そして、言葉を交わしながら歩いていた2人の男も今この瞬間、静寂の中にあるのだった。

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