第40話 意図
「僕につまらない嫌がらせをするのは――、百合子ちゃんと仲良くしてるからですか?」
宍戸と熊谷は夜道を、人2人が間に入れるかどうかの微妙な距離をとりながら歩いていた。どちらが前を歩くわけでもなく、お互いがお互いを見張るように並びながら進んでいる。
「しっ……、宍戸さんはなにか勘違いをしているんじゃないですか? 自分はただ――」
「百合子ちゃんは言っていましたよ? あなたのことが嫌いだって」
これまで人の好さそうな表情を崩さなかった熊谷がこのとき、はじめてその表情を歪めた。
「なにを言う!? ユリちゃんは自分――、いいや、自分たち村の大人たちみんなにとって娘みたいなモンだ! それを――」
「ええ、彼女から聞きました。村の大人たちは幼い頃からとてもよくしてくれたと。その中にあなたも当然含まれているようでした」
宍戸は熊谷と話しながら先日、鹿ヶ峰神社に百合子と2人で訪れた際に彼女から聞いた話を思い出していた。
◇◇◇
「私の家はこの村ではけっこう有名で――、幼い頃から私は、村の大人たちにずいぶんと面倒をみてもらいました」
百合子の家、すなわち「山中家」は鹿ヶ峰村の昔からの名家で、彼女の祖父は村長を務めたこともあるそうだ。
「
そんな彼女が中学を卒業するくらいの歳になったとき、違和感を感じるようになったそうだ。
「ホントに数人……、ごく一部なんだけど、私を見る目がなんていうか、イヤらしいっていうか性的な視線に変わっていったんです」
彼女は冗談めかして「自意識過剰なわけじゃないです」、と笑っていたが、きっと内心笑えることではないのだろう。
宍戸は村の人間のことをそれほどよく知らない。ただ、目の前にいる百合子を見てそういう男がいても決して不思議ではないと思っていた。
彼女が子どもから少女へと、そして大人の女性として成長していく中で、そこに劣情を抱く人間がいても驚くことではない、と。
もちろん今でも百合子を我が子のようにかわいがってくれる村人はたくさんいる。ただ、そのごく一部に――、明らかに子どもの頃とは違った視点で見ている人間がいるというのだ。
そして、それをもっとも感じるのが駐在所の熊谷だと彼女は言った。
「なんていうか――、熊谷のおじさんはなにかと理由を付けて私に会いに来たりするし、学校の登下校でもよく声をかけられるの。なんだかどこかから監視されてるみたいで気味が悪い」
◇◇◇
男が情欲を抱く対象に年齢差は関係ない。百合子がそう感じるのならきっと村の男たちの――、とりわけ熊谷の視線にはそういった意思が隠れているのだろう。
さらに、この男にとってはその百合子と仲良くしている自分が気に入らないのだろう、と宍戸は思った。
思えば、部屋に石を投げ込むといった攻撃的な手段が突然用いられたのは、百合子と自分が2人で出掛けていた姿を、どこかで見かけたからではないだろうか?
この中年男は、他所からやってきた男に自分の劣情の対象が奪われるのが我慢ならないのだ、と。
宍戸が嫌がらせに対して誰にも相談しなかったのは、最初に頼るべき人間が犯人だとわかっていたからだ。そして、仮に証拠を突き付けて問い詰めたところで得られるものもないと思っていた。
だからこそ、何事もないように振るまっていたのだ。しかし、どうやら今は少し事情が違うらしい。
「ただ、熊谷さんの気持ちが理解できないわけでもないんです。僕から見ても百合子ちゃんはとても魅力的な女性だと思いますから」
宍戸の顔は人を嘲笑うかのような、電気屋の中では見せたことのない表情をしていた。
一方の熊谷はなんと言葉を返すか迷っているようだ。
あくまで事実無根だと白を切ってもいい。だが、百合子云々の話は別として、宍戸が家に監視カメラを設置しているのが事実なら、彼への嫌がらせに関しては言い逃れができない。
そして、なにより彼が自分にこんな話をする目的が熊谷にはわからなかった。仮に嫌がらせを止めさせるなら、張本人に突き付けるのではなく、動かぬ証拠を別のところへ持っていく方が確実のはず。
さらに百合子絡みの話は、自分を逆上させる以外になんの効果も見込めないだろう。そんな話をなぜ彼はこのタイミングでしているのだろうか、と。
「そんな熊谷さんだからこそ――、相談したいことがあるんですよ?」
「宍戸さん、さっきからあんたの言ってる話が自分にはようわからんのですが――」
「鹿神の奉納祭で行われる『生贄の儀』をご存知ですよね?」
宍戸は熊谷の話を遮るように言葉を被せてそう言った。
「あんた……、他所から来た人間のくせに、どうしてそれを――」
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