トロイの木馬

第47話 因習

　鹿ヶ峰村では、駐在の熊谷が失踪した事件以外にもさまざまな事案が発生していた。まず事の発端となったのが、有名動画配信サイトから拡散された動画。

　なお該当の動画は、センシティブな内容を含んでいると多数のユーザーから報告が上がったようで、すでに削除されている。

　しかし、内容が内容だっただけにいくつもの複製が作成され、インターネットの世界に拡散されてしまったようだ。こうなると、もはや警察どうこうで収拾できる問題ではなくなってしまう。

　動画の投稿主は、ホラー関係の動画を多数投稿して人気を集めている配信者だった。ただ、この人物も現在は活動を休止しており、その消息は掴めていない。

　この配信者はサイト内にて「44チャンネル」という名称で投稿を行っていた。内容は、いわくつきの建物や事故物件、誰もが知っているような心霊スポットに突撃してそのレポートをあげる、といったもの。

　撮影スポットによっては「不謹慎」と批判の声も複数上がっているようだが、その刺激の強い内容ゆえに一定数の支持者もいる。

　なかでも投稿者自身が、日本の歴史や伝承に非常に詳しいようで、実際撮影に至る前にその場所に纏わる逸話の解説が入るのだ。彼を支持する者からすると、その知識は「民俗学者」レベルだそうだ。

　投稿された動画の中にはごく一部ではあるが、科学的に検証できない「ホンモノ」が映り込んでいるとの話で、一部のホラーファンからは熱狂的に支持されていた。

　そこに先日、これまでとは一風変わった動画が投稿された。二十歳前後だろうか、若く美しい女性が真っ白な衣装を身にまとい、ゆっくりとした所作でなにやら舞を舞っているのだ。

　そして、それを「観客」というには、あまりに近い距離で見つめる数人の男性。いずれもそれなりに高齢のようだった。

　よくよく見ると、女性の着ている服はずぶ濡れで肌が透けて見えてもおかしくなかった。それを近い距離で老人が見つめる姿は、趣向の変わったストリップショーのようにすら見えた。

　撮影にはそれなりに高性能のカメラが使われたようで、拡大すると女性の顔もはっきりと確認することができる。

　動画の終わりには、日本の〇〇県鹿ヶ峰村にて古くから伝わる鹿神の奉納祭の行事の1つであり、因習ならぬ「淫習」としてその内容が解説されていた。

　元となる動画こそ早い段階で削除されたものの、その複製はいわゆる「アダルト」の界隈も含めて広く拡散されてしまった。今でも、それなりの時間さえかければ、海外の動画投稿サイトなどで同じ動画を見つけることができる。

　また、動画内の解説で登場した「鹿ヶ峰村」が日本に実在すること、そして、実際に年に一度、「鹿神の奉納祭」なるお祭りが催されていることから、この話は次なる展開を見せる。

　古い伝承でしばしば、女性を辱めるような習わしがあると噂になることがある。しかし、実際にそれが確認された試しはなく、書物の記載の解釈によっては「そうも読めなくはない」くらいに留まっていたのだ。

　ところが今回、実在する村の「淫習」が動画として全世界に流れ出たのだ。「鹿ヶ峰村」と「鹿神の奉納祭」はインターネットの世界から不名誉なかたちで、世にその名を広げてしまった。

　さらに動画の鮮明さから白い装束の女性、すなわち「山中　百合子」が何者か特定しようとする輩までもが現れた。

　こちらはさすがにインターネットの世界でも、ごくごく一部の悪意ある人間だけに留まり、大きくそれらが拡散されることはなかった。だが、「山中　百合子」という大学生が、動画に映っている女性との特定には至っているようだ。

　警察はこの件を熊谷の失踪事件と関連付けて捜査し、例の動画が投稿されたパソコンの追跡を行った。

　その結果、事件はさらなる混迷をきわめる事態へと発展していく。