第35話 メッセージ
「宍戸さーん! どう? 見つかった!?」
夜の8時過ぎ、ナカジマ電気店の前にいる宍戸。そこに店主の中嶋が声をかけながら走り寄っていた。
「いいえ……、このまま探しても見つかるかわかりませんから、今日は歩いて帰ります」
「大丈夫かい? 歩きだとけっこう時間かかるだろう?」
「ええ、まあ……。星空でも楽しみながら帰りますよ」
いつも通り働いて帰宅しようと思った宍戸。ところが、いつも店の裏手に止めている自転車が見当たらないのだ。
彼は午前中にやって来たときの記憶を辿りながら周辺を探した――、とはいっても店に来てからは一度も遠出していないので、止めている場所はここ以外に考えられない。
店のあたりをうろうろしている宍戸に店主も気が付いて、一緒に自転車を探してくれた。しかし、どうやらこの近辺には見当たらないようだ。
「こんなに狭い村だからねえ……。他人の自転車なんか乗ってたらすぐに気付かれるから、盗むなんてありえないと思うんだけど……」
「よくわかりませんが、お休みの日にでも改めて探してみようと思います。こう暗いと色もわかりにくいですしね」
そう言いながら宍戸はスマートフォンの画面を点けて時間を確認した。8時を過ぎており、そろそろ潮時と思ったようだ。
「ああ、そうだ! 自転車の特徴を例のトークルームに送ったらどうだい? 誰かが見つけてくれるかもしれないよ?」
中嶋は妙案を思い付いたとばかりに手を叩いた。
「――そうですね。家に帰ったら送ってみます。手伝っていただいてありがとうございました」
宍戸は店主の提案にあまり乗り気でないような雰囲気で返事をする。中嶋もそれを聞いて少し怪訝な表情を見せた。
「そっ……、そうかい。明日はちょっとくらい遅れて来てもいいからね。お疲れ様」
深々とお辞儀をして背を向ける宍戸。以前にパンクさせられたときもそうだが、この村で自転車を奪われるとちょっとした移動もそれなりに困難になる。
単車でも買った方がよかったかな、と思いながら夜空に時折目をやって、彼は歩いていた。
そのとき、スマートフォンに1通のメッセージが届く。この村に来る前の人間関係は希薄だったのか、連絡が来て思い浮かぶ人間は限られているようだ。
スマートフォンに表示されている名前は「ユリ子」。彼は特になにも考えずにそのメッセージを開いた。
そこにはただ一言、疑問形の言葉が記されていた。
『今日、お宅に寄ってもいいですか?』
宍戸は帰宅の途中、何度も百合子からのメッセージの返信をうっては送信する前に消していた。
それは単純に、返事に困っていたところが大きい。メッセージの時間を見る限り、自分の見落としではなく、間違いなく今届いたものだ。
つまり、この『今日』は残り4時間も残されていない。そんな夜遅い時間に彼女は一体何の用があるというのだろうか?
他にも、メッセージに異質さを感じるのも返信を迷わせる要因になっていた。百合子は学生ではあるものの、宍戸の印象ではそれなりにしっかりしている子だ。唐突に、友達相手のようなメッセージを送ってくるのは違和感しかなった。
ひょっとして送り先を間違っているのではないだろうか?
彼はメッセージを受け取ってから少ししてそう考えた。「宛先間違ってない?」、そう返信を送ろうとした。だが、この『――寄ってもいいですか?』の文字に引っ掛かった。
『――寄ってもいい?』とかなら確信をもって間違いと思えた。しかし、『いいですか?』に含まれる微妙な距離感が、間違いなく自分宛てなのでは、と宍戸に思わせたのだ。
メッセージを見るたびに先日、百合子と話した際の『スルーはしないでくださいよ?』が頭を過ぎる。
時間も理由もなにもなく、ただ『寄ってもいいですか?』は本当に返信に困る、と彼は頭を悩ませた。いっそ「返信に困る」と送ってやろうかとすら思ったようだ。
ただ、裏を返すと、SNSで簡単に伝えられないようななにかが百合子にあったのかもしれない。そう考えると無下にもできない。
こうした思考が宍戸の頭で巡りに巡って、結局メッセージが届いてから30分以上の時間が経っていた。
あれこれ考えた挙句、彼はとてもシンプルな返事をすることに決めた。本当に今晩家に来るつもりなら、そのとき細かい話は直接すればいいと――。
『かまわないけど、何時くらい?』
それだけうち込んで、送信ボタンをタッチした。
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