第34話 村の一員

駐在所の熊谷『今朝の巡回も異常なし! 昨晩の大雨の影響で川の水位があがっています。河原には近寄らないように!』 09:44


村長『いつもご苦労様です。皆さん、川には近づかないようにしましょう』 09:46




 店主の中嶋と共に店の開店準備をしながら、宍戸はスマートフォンに届いたメッセージを読んでいた。共通のグループのため、中嶋も同じメッセージを同時に受け取り同じく目を通している。


「なんだかこんな山奥の村なのに未来的なことやってる気分になるなあ」


「近隣との距離感や人口の問題もありますから、街で同じことができるかは疑問です。ただ、実際に進んだ取り組みだとは思いますよ?」


 中嶋はうんうんと頷きながらなにか思い付いたように手を叩いた。


「ここに売れ残った在庫とか送ったら買いに来てくれるかな?」


「どうでしょうね? やってみる価値はあるかもしれません。試しにいくつかピックアップしてみましょうか?」



 宍戸の提案から始まったSNSを使った村人だけのトークルーム。それに関しての設定や使い方相談が一時は殺到していた。それもここ2~3日でようやく治まり、電気屋は平常運転に戻っていた。


「いやー、ここ一週間くらいは大変だったね? ようやく落ち着いたってところかな」


「はい。店長にはたくさん協力していただいて感謝の言葉もありません」


「いやいやいやいや……、の設定やらお手伝いした分はしっかり村からお金が出るんだから。むしろ、オレの方が感謝したいくらいだよ」


 中嶋はスマートフォンの画面をトントンと人差し指で軽く叩きながらそう言った。


 昨晩大雨が降ったようで路面は濡れ、ところどころに大きな水溜りができている。宍戸は店の外で陽射しを感じながら、この分ならすぐに乾くだろう、と思っていた。



「――もうすぐ奉納祭だね! 宍戸さんは初めてだっけか?」



 背中から声をかけられ振り返る宍戸。中嶋も店の外に出て、うんと伸びをしていた。


「はい、村の人からお噂は聞いてます。楽しみですね?」


「都会の人からするとどうってことないお祭りなんだろうけどねえ。何分それくらいしか行事がない村だから……」


「そんなことないでしょう? 村の外からもお客さんがたくさん来ると聞いていますよ?」


「うん、まあそれなりに――ってところだねえ。今頃役場の人とかお寺の人で駐車場の案内板とか立ててるんじゃないかな?」


「やっぱり車で来られる方が多いんですね?」


「それくらいしか交通の手段がないからねえ。けっこう大変みたいだよ? 村の道に慣れてない人がたくさん来るし、私有地に車を止めちゃう人なんかも毎年いるんだよ」


 中嶋の説明によると、鹿ヶ峰神社のある山に入る手前に大きな空き地があり、そこが主な駐車スペースとなるらしい。

 神社の近くにも駐車場はあるのだが、収容台数が限られており、村の人間が屋台道具の運び込みなどでほとんど埋めてしまうそうだ。


「お祭りの日はお店、お休みなんですよね?」


「そうそう、なんてったって村総出になるからね。この日だけはどこのお店もほとんど閉まってるよ」


「店長もなにか――、お手伝いとかされるのですか?」


「うーん、まあ毎年神社のテント設営とかは手伝ってるかな? 宍戸さんはあれだろ? 役場の人たちと――」


「ええ、お祭りの様子を撮影したりしますのでその手伝いを頼まれています」


「すっかり役場の人みたいになっちゃってるけど、いいことだよ? 祭りの手伝いを頼まれるってことは村の一員って認められたってことさ?」


「そう思ってもらえてるならありがたいですね」


「オレが言うのもなんだけど、閉鎖的な村だからね。宍戸さんはすごいと思うよ? 一年もしないうちに『なくてはならない人』になってるからね」


「――僕以外で、いたんですか? ここ数年で村にやって来たみたいな人は?」


 宍戸はこう聞きながらおおよその答えは予想できていた。おそらく引っ越してきた人間はいない、か……、出て行ってしまったかのどちらかだと。もし、自分に近い立場の人がいるのなら必ず話題に上っているはずだ。



「――ここ数年……、どころか10年はいないんじゃないかな? やっぱりなにかしらの地縁がないといきなり他所の村、って言うのは敷居が高いと思うよ?」


「――ですよね。ここに来て自分が特殊なのだと自覚した次第です」


 宍戸は薄い笑みを浮かべてそう言った。

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