第7章 巫女と生贄

第33話 帰り道

 7月も下旬に差し掛かり、村では徐々に奉納祭の準備が進められていた。この日、電気屋の仕事を終えて帰宅の途に就いていた宍戸は学校帰りの百合子と出くわす。


 自転車のスピードを緩め、他愛のない話を交わしていた。


「村のみんなが使ってるトークルームをつくったの宍戸さんなんだって?」


「うーん……、『つくった』といより、ただ提案してみただけなんだけど。まさかこんなすぐに広げっていくなんて思っていなかったよ」



 陽は沈んでいるが、空にはまだかすかに明るさが残っている時間。風はほとんどなく、夏の熱気がまとわりつくようだった。



「前から噂話が広がるのは速かったですけど、今はそれが目に見えるようになった感じですね?」


「どう使うかはその人次第だから。『使わない』のもひとつの選択だと思うよ?」


「うん、別に宍戸さんを悪く言うつもりはないですけど――、村の外でも見られてるみたいな気分になりそうなので、私は入ってないんです。親はけっこう使ってるようですけど」



 百合子の家、「山中家」は鹿ヶ峰村の中では名家のようだ。宍戸はこれをつい最近知った。なるほど、そういった事情もあって奉納祭の演舞を任されたりするのかもしれない、と。


 彼女の話では、同年代の子はほとんどすでにこの村を出て行っているらしい。早い人なら義務教育を終えてすぐに――、高校を卒業するときにはほとんどの人が村を出て行くそうだ。


 百合子のように、時間をかけてまでここから大学へ通う子はとても少ないという。彼女が今も村に住んでいるのはどうやらその家柄ゆえもあるようだ。



「宍戸さんは――、へ出たりすることはないんですか? 実家に帰られたりとか?」



 彼女の言う「外」は村の外……、意味合い的には都会の町といったところなのだろう。


「ああ……、僕は両親を早くに亡くしてるから。父も母も中学校の時に、ね。だから、帰るところとかないんだよ」



 宍戸の返事に百合子は言葉を詰まらせる。なにか聞いてはいけないことを聞いてしまったと思ったようだ。だが、当の宍戸は笑って「気にしなくていい」と言った。


「ねぇ、宍戸さん! 今度のお休み日、どこか連れて行ってくれません? 村の外を案内してくださいよ?」


 空気を変えるように彼女はとても明るい口調でそう尋ねた。


「ずいぶん唐突だな? 別に――、かまわないけど」


「こないだ村の神社ご案内したじゃないですか!? お返しだと思ってください!」


「やれやれ、大学生でもうおねだりの方法を覚えたのかい? まったく末恐ろしいな」


「それ、褒めてるんです?」


「さあ、どうだろうね?」


 百合子は自転車を止め、それを跨いだまま片足だけ地面に付けてスマートフォンを取り出した。慣れた手つきで画面を触る。暗い中、画面の灯りがとても目立っていた。


「はい、これ! 宍戸さんのスマホで読み取って登録しといてください!」


 画面にはQRコードが表示されている。それを読み取ると、SNSのアプリに「ユリ子」の名前が表示された。


「これでいつでも連絡取れますね! スルーはしないでくださいよ?」


「自信ないな……、あまりマメに見る方じゃないから」


「読んだ後に無視しなかったらいいんです」


「それは……、そうだな」



 ちょうど2人のやりとりしているところは交差点だった。この先はそれぞれで帰る方向が違う。


「それじゃ僕はこっちだから、暗いから気を付けて帰って」


「はい! 宍戸さんもお気を付けて」


 百合子は自転車のベルを1度軽く鳴らしてから、手を振って道の向こうへと消えていった。宍戸は一度ポケットにしまったスマートフォンを改めて取り出し、画面を見つめる。時間は「19:42」と表示されている。

 話しながら進んでいたせいか、ひとりで帰る時よりもずいぶんと遅い時間になっていた。

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