第32話 変化

 宍戸の提案は、彼が思っていた以上の広がりを見せていく。その最大の要因は、村長と村役場がそこに予算を割いたことだ。


 回覧板や村民の一部が使っているメーリングリストにて、宍戸の推奨するSNSの導入方法が紹介され、やり方がわからない人はナカジマ電気店にてその支援をするといったものだ。


 もちろん、その作業件数に応じて村からお店に報酬が支払われるようになっているため、店主の中嶋も喜んで協力をするのだった。



 これらの知らせが出回った初日こそ、それほどの相談はなかった。しかし、何人かが導入すると村の「口伝て通信網」が機能し始める。人伝にどんどん広がりを見せ、電気屋に連日、スマートフォンやパソコンを持って村人が現れるようになっていった。



「こんにちは、宍戸さん! なにやら大変なことになってますな!」



 ナカジマ電気店を訪れた駐在所の熊谷は、スマートフォンの画面を見つめ、お店を出て行くお客の背中を見送りながら、店内に入って来た。


「こんにちは、熊谷さん。僕も驚いていますよ? ちょっとした思い付きだったのですが、まさか村長や役場の方がこんなに積極的に動いて下さるとは――」


「おかげでお客さん宅への出張依頼も入ってるし、本当に大忙しだよ? まあ、お店の売り上げにもなるしありがたい限りなんだけどねえ」


 店主の中嶋もここ数日は、店頭でのSNS設定や、家まで訪問してのパソコン設定に手を取られている。


 彼曰く、電気屋を営業をはじめて以来今がもっとも忙しい、とのことだ。


「宍戸さんはこの村に新しい風を呼び込んでますな! どれ、恐れ入りますが自分のスマホにも例のSNSでしたっけ? 設定してもらえますか? どうにもこうした機器の扱いは苦手なもんでして――」


 熊谷は頭をがりがりと掻きながら、宍戸の前に自分のスマートフォンを差し出す。


「わかりました。熊谷さんは情報の発信役として期待されていますからね? パッパと終わらせるので少しだけお待ちください」


 宍戸は熊谷のスマートフォンを預かると、「失礼します」と断ってから操作を始めた。時折、熊谷にロックの解除を頼みながら手早く画面をタッチし、10分程度でそれを返却する。


 熊谷は思っていたより時間がかかったと感じたようで、特に悪意はなくそれを口にした。


「――申し訳ありません。スマートフォンは各メーカーによって微妙に操作方法が異なるので、少し手こずりました。その点、パソコンはおおよそどのメーカーでもOSが共通していれば操作も一緒なので楽なんですけどね?」


 そういものか、と熊谷は頷いて自身のスマートフォンに目をやり、待ち受け画面に新しく追加されたアイコンに手を触れる。


 すると、たまたまそこではある村人が道端で帽子の落とし物を発見し、その詳細な場所と帽子の写真を投稿していた。そして、これもたまたまだが、落とし主がその投稿を見ていたようで、自分が持ち主だと名乗り出ていたのだ。


 そのやりとりを見て熊谷は感嘆の声を上げる。


「ほほー! これはすごいものですな! 自分の仕事にも大いに活用できそうな気がしますよ!」


「熊谷さんのお立場でしたら、防犯・防災上で村一斉に情報を届けたいときもあると思うんです。これなら全員――、とまではいかなくとも、ごく短時間で多くの人に声を届けられます」


 宍戸の話を聞き、熊谷はうんうんと何度も頷く。その横では店主の中嶋も同じように頷いていた。


「ここにやって来たばかりの宍戸さんがこんなにがんばってくれたんです! 自分ももっと村のお役に立てるようしっかり使わせてさせてもらいますよ!」


 熊谷はスマートフォンをポケットにしまい、大きな声でそう言った。

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