第31話 情報網

 宍戸がこの村に来てからずっと感じていたこと。それは意外にもスマートフォンやパソコンが普及していることだった。

 都会にいた彼の勝手な思い込みで、ケータイなんて持っていない、家にある通信機器は固定電話くらいのもの……。それくらいに思っていたのだ。


 ところが、実際に住んで暮らしてみると、村の通信網、村人の通信機器の普及率は彼の予想をはるかに上回っていた。


 都会から離れた山間の村。物理的に外界から離れているため、逆に通信に頼るようになったのかもしれない。

 あるいは、ここ数年猛威を振るった感染症が人口の少ない村落の文化にも影響を与えたのか?


 いずれにしろ、鹿ヶ峰村のスマートフォン、およびパソコンの普及率は決して低くない。これは彼が電気屋で働きながら肌で感じたことだ。

 一方で都会ではほとんど見られなくなった、いわゆる密接な地域社会の繋がりも存在している。



 宍戸はそこに目を付けた。村人のパソコンやスマートフォンに共通のSNSアプリを導入し、そこで情報交換をできるようにしてはどうか、と。

 もちろん発信はおろか、参加するしない自体が自由。だが、村長や役場の代表、それに例えば――、駐在所の熊谷といった大事な情報の発信源になり得る人には必ず参加してもらう。


「これは一例ですが、熊谷さんがパトロールの最中に村のある区画で熊を発見したとします。その情報をグループに投稿すれば、素早く村民に危険を知らせることができるわけです」



 今でもこの村の「口伝て」の情報網は十分優れている。外からやって来た宍戸からすれば恐怖を感じるレベルだ。

 しかし――、だからこそ、それをより一層強力で迅速にできる仕組みをつくってはどうか、というのが宍戸の提案だ。


 なにも村民全員という話ではない。一部の代表者と希望する者だけに限った話。ただ、これは人口が少なく、住民同士のネットワークが強固に存在する鹿ヶ峰ここだからこそできる話だった。



「なんなら希望者には、その設定を僕がお手伝いしても構いません。ある意味、村の特性を活かした新しくとても未来的な取り組みだと思うのですが、いかがでしょう!?」



 この会議室にいる人たちは驚いていた。それは宍戸の提案に――、ではなく、彼の発言から伝わる「熱量」にだ。

 他所から引っ越して来てまだ1年も経っていないであろう人間が、なぜそこまで熱心にこの村について語るのかと。



「たしかに……、彼の言ったような防災的な意味合いでおもしろい試みかもしれませんね?」


 役場の職員の1人が口を開いた。どうやら彼は役場の防災課に勤めているようだ。


「どうでしょう? 試験的に少人数からでも始めてみませんか?」


 会議室に集まった宍戸を抜いてわずか4人の人たちは互いの顔を見合わせながら、どうしたものかと思案している。



「私はあまり詳しくありませんが、機能しなければやめてしまってもよいのでしょう? それなら物は試し、宍戸さんの提案にのってみようではありませんか?」


 そう言ったのは、他ならぬ村長の尼子だった。


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