第36話 嘘

 夜、百合子へ送った返信に既読は付かなった。帰宅してから10時過ぎまで宍戸は彼女が突然やってきたら――、と思って風呂に入るのも控えていた。


 しかし、夜も更けてきたところでさすがに痺れを切らしたようだ。直接電話することも考えたが、百合子と自分の仲を冷静になって考えた彼は、結局1度返信を送ったままで風呂に入る。


 おおよそ30分程度だろうか、夏場でも疲れをとるために彼はしっかり湯船に浸かっていた。


 風呂上りには髪が生乾きのまま、タオルを首にかけミネラルウォーターを勢いよく飲み干した。火照った体は、飲んだら飲んだだけ汗になって流れ出ていくようだった。


 時刻は夜の11時に近付いていた。一息ついてパソコンの電源を付けようとしたとき、外の――、玄関前の照明が灯っていることに気が付く。


 おそらくこれは単なる勘だったのだろう。宍戸はジャージを羽織って玄関の扉を開けた。すると、玄関口の段差になんと百合子が腰を掛けて座っているのだ。



「――百合子ちゃんっ!?」


「ごめんなさい、宍戸さん。もう寝てたら悪いかなって思って……」



 百合子はゆっくりと立ち上がって宍戸の顔を見つめた。宍戸は彼女の姿を頭の天辺から足元まで確認する。ひょっとしたらどこか怪我でも――、と思ったようだ。しかし、それは幸いにも杞憂に終わった。彼女は単にそこで座っていただけのようだ。


「インターフォンを押したらいいのに。ケータイに連絡くれてもよかったし……、とにかく一旦あがりなよ?」


 彼は百合子を家に招き入れた後、念のため外の様子を確認して玄関の戸を閉めた。一応、彼女がやって来ることに備えて部屋の中は掃除していた。ただ、当の宍戸自身は風呂上がりのラフな格好をしており、髪もまだ生乾きだ。


「ごっ……、ごめん。ちょうどお風呂から上がったばかりで――」


「ううん、私が勝手に来ただけだから。ホントにごめんなさい。こっちから連絡しといて返信寄越さないなんて」


 宍戸は直感で百合子の様子がいつもと違うのを感じ取ったようだ。しかし、どう尋ねていいかわからず、2人向かい合って沈黙するという気まずい時間が流れた。



「……えっと、今日は一体どうしたんだい? こんな夜遅くに? ご両親と喧嘩でもした?」



 さすがになにか話さないと落ち着かず、一番の疑問を口にする宍戸。それに対して百合子は下を向き黙り込んだ。ただ、なにか返事をしようとしている気配はあり、宍戸は彼女が口を開くまで待つことにした。


「親には、朝家を出るときに『友達の家に泊まる』と言って来ました。7時過ぎだったかな、学校で親に電話して、友達とも話してもらったから信じてると思います」


 宍戸は百合子の言葉に驚いていた。つまりは、朝から自分の家に来るつもりでいたのか。それも『泊まる』と嘘を付いたのなら、彼女は今日ここに泊まっていくつもりということだ。


「なにがあったんだい? こんな言い方あれかもしれないけど……、ちょっと普通じゃない。親にそんな嘘までついて――」



「宍戸さん、私を……、抱いてくれませんか?」

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