第11話 希望

「わしが望んでることだって? なにを知ったようなことを……」


 亀井は宍戸の発言を聞いていかにも不機嫌そうな顔をした。しかし、宍戸はそれに動じる気配はまったくないようだ。


「店長から聞いています。機械が故障してるだの株取引がどうのと仰っていますが、最後はいつも操作説明を聞いて帰られてるそうですね?」


 彼の――、まるで臆することなく躊躇ためらいもない言い方に逆に亀井の方が動じる様子を見せた。自分の思うような反応を示さない宍戸を相手に戸惑っているのかもしれない。


「どういった内容の説明を聞いていかれるのかも伺っています。主にリモート関係のアプリであったり、SNS関係が多いようですね?」


 亀井はなにか言い返そうとするが、言葉が出てこず下を向いてしまっている。


「これも店長から聞いたのですが――、感染症の流行をきっかけに息子さんやお孫さんが帰省されていないそうですね? こうしたご家族の方とやりとりをする手段を模索してるのではないですか?」


 亀井の表情を見る限り、どうやらこれは図星だったようだ。機械の動作不良や株取引云々は、ここで話を聞くための口実に過ぎないらしい。


でもそうですし、きっとご家族の方にも素直にやり方を聞けないのでしょう? 僕には理解しかねますが、プライドが邪魔してらっしゃるようで――」



「このよそもんがっ! 客に向かってなんて口の利き方だ!」



 宍戸の言い方が癇に障ったのか、亀井は声を上げて怒りを露わにした。しかし――、それでも宍戸が動じる気配はまるでない。


「僕は亀井さんが普段している相談内容と機器の状態から提案をします。パソコンの速度を上げて、素直にを聞くのが最善・最短・最良かと思います」


「なにが提案か! 中嶋さんに文句を言っといてやるからな!」


 亀井は大声でそう吐き捨てると、ノートパソコンを抱えて店を出て行く。その背中を見送る宍戸の顔は涼しいものだった。

 すると、亀井と入れ替わるように中嶋が洗濯機の設置を終えて店に戻って来た。



「今、亀井さんが怒った様子で出て行ったように見えたけど……、なにかあったのかい?」


 この問いかけに宍戸は頭をかりかりと掻きながら、少しの間をおいて答えた。


「ええ……。まあ、ちょっとだけお節介な提案をした次第です。大したことではありませんよ?」


「本当に? 亀井さん怒らせると面倒な人だからちょっと心配だなあ……」


「大丈夫ですよ。ちゃんとお客様に寄り添ったご提案をしましたから」


 長く伸びた前髪をかき分けながら、宍戸は笑顔を見せてそう言い切る。怒っていたと思われる亀井とは相反する彼の様子に、中嶋はただただ不安を募らせるだけだった。




 ――翌日。


 ナカジマ電気店の開店直後に亀井は姿を見せた。その手にはいつもと同じようにバスタオルに包んだノートパソコンを手提げに入れている。


 彼に気付いた中嶋は慌てて駆け寄り、いつも通りカウンターへ誘導して応対をしようとした。しかし、当の亀井は明後日の方向を顎でしゃくってみせる。そこにいるのは、埃取りで掃除をしている宍戸だった。



「宍戸さん、亀井さんが話したいんだってさ?」


 中嶋に声をかけられ振り返ると、不機嫌そうにカウンターの椅子に座っている亀井の姿が目に入った。視線は宍戸とは全然別の方を向いている。



「僕指名だなんて珍しいですね? いかがされましたか?」



 宍戸の言い方は、昨日のやりとりを考えるとまるで挑発しているかのようにも聞こえる。しかし、亀井は相変わらず彼とは視線を合わせようとせず、呟くようにボソボソと話始めた。


「――あんたが昨日言ってた、なんたらっていう部品の交換、やってほしいんだ」


 宍戸はこの言葉に……、特に驚く様子もなく、改めて料金と預かる日数を伝える。


「2,3日お預かりすることになります。もし株式が気になるようでしたら、土日で預けてもらっても構いませんよ?」


「こっちから頼んでるんだ。今日でかまわん! さっさと手続きを進めていかんか」


 亀井の剣幕に、宍戸はふっと一つ息を吐き出してから、申込用紙を準備した。


「お名前、ご住所と連絡先、作業にあたってパソコンを何度か切ったりつけたりしますので、起動のパスワードがあれば合わせて記入をお願いします」


 彼の言葉に対して亀井は、特に返事をせず無言で枠を埋め始めた。



「ああ――、そういえば、お電話とかで息子様によく使うSNSとそのIDを聞いたりはできそうですか?」


 宍戸のこの問いかけに、亀井はまず「SNS」がなにを意味するのかから逆に問い直してきた。すると、宍戸は笑顔を見せてこう答える。


「亀井さんがやりたいことの総称ですよ? よければ僕の方で、息子様に電話でこう尋ねてほしい、という文書をつくりましょう。その通りに話してもらって、聞き取った内容を記入してください。それでお望みをきっと叶えられますよ?」


 そう言って彼は店のパソコンに向かい、なにやら文章を打ち始めた。それをしながら、一言「もちろん、アフターサービスで今後の操作のお手伝いも致しますよ」と付け加えた。




「作業が終わりましたらお電話致します。2,3日あれば間違いないと思いますが、パソコンの作業は残念ながら予期せぬことが起こる場合もあります。万が一、長引きそうな場合も必ず連絡致しますので――」


「ふん。言っておくが、わしはあんたの応対や言い方は許してないからな。ただ、パソコンに関する説明の仕方だけは認めてやる。こういう機械が苦手なわしでもなんとなく理解できたからな」


「それはなによりの誉め言葉です。ご安心ください。パソコンの動きは見違えるように速くなりますから」



 こうして受付を終えた亀井は店を出て行った。その様子を見送った中嶋は、カウンターに置かれたノートパソコンを見ながら宍戸に声をかける。


「SSDに換装するんだって? よく、あの亀井さんが¥30,000ものお金を払ってくれたもんだねえ?」


「そうですね……。気難しい方ではありますが、どうするのが今の自分にとって最良なのか、ご理解いただけたのかと思います」

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