第10話 例え話

 ナカジマ電気店のお昼、店主の中嶋が近所の家への洗濯機の取り付けに出払っているときだった。バスタオルに包んだノートパソコンを手提げに入れて、亀井が姿を現す。


 彼は店に入るなり「中嶋さんは?」と尋ねた。店に1人の宍戸は、「あいにく外出してまして――」と答える。

 すると、亀井はカウンターに備えてある椅子にどっかと座り、宍戸に聞こえる声で「よそ者に店番任せてとるのか」と言った。


 明らかに耳に届いたであろう言葉。しかし、宍戸は聞こえていないかのように、まるで意に介さず、亀井に声をかける。


「パソコンの相談ですか? 僕でよければお伺いしますよ?」


「ふん、中嶋さんがいないんじゃ仕方ないな。まあ、あんたでもいいか」


 彼はカウンターにノートパソコンを広げた。宍戸は「お借りしますね」と一言添えて、電源ケーブルを手にとり、カウンター裏のコンセントに繋ぐ。

 亀井のパソコンは電源を付けてから操作ができる画面に移り変わるまでずいぶんと時間がかかっている。その間彼は、こんなに動きが遅いのは故障だ、不良だ……、などと文句を並べ立てていた。


 宍戸は彼の言葉には答えず、「失礼しますね」とまたも一言だけ添えてからパソコンを触り始めた。そして、機器の使用状況を表す「タスクマネージャー」を開き、それを見て軽く頷く。


「今日のご相談はこれとは違うのかもしれませんが――、このパソコンの動きが悪くなっている原因はわかりましたよ。もちろん、原因がわかれば改善も可能です」


「ふん、よそ者が言ってくれるじゃないか。どこがどう悪いってんだい?」


 宍戸は亀井にどう状況を伝えるか考えていた。おそらくパソコンの用語を用いて説明しても理解してもらえない。悪くすれば、余計な怒りを買うおそれすらある。

 睨むような目つきでこちらを見つめる亀井を気にも留めず、あくまで「どう伝えるか」を思案する宍戸。


 そして彼は、自分なりの結論を導き顔を上げた。


「今からするお話はあくまで『例え』です。正確な内容とはやや異なりますので、そこはご了承ください」


 そう言って宍戸は、店のプリンタ・トレイからコピー用紙を1枚取り出して、そこに縦長の長方形を描いた。



「先日、亀井さんは家電メーカーの工場で働いていたと仰ってましたね?」


「……ああ、だったらなんなんだ?」


 亀井は宍戸の顔を訝しげに眺めながら言葉を返した。


「この長方形は工場です。ここからご注文の商品をお店やお客様のところへ届けると考えてください」


 宍戸は長方形から何本も矢印を出して、その先に三角屋根の家や先ほどより小さめの長方形を描き足した。


「亀井のさんのパソコンの中身はこの絵のようになっていると思って下さい。工場の中には優秀な技師が幾人も働いていて、彼らが動き回ったり、機材を設置する十分なスペースもあります」


 話しながら宍戸は、最初の長方形のなかに「人」と思われる記号を書き加えていく。


「ご存知かもしれませんが、昨今のパソコンは『アップデート』と言いまして、日々中身が進化していきます」


 亀井は、少しずつ書き加えられていくコピー用紙の内容を見ながら、宍戸がなにを言いたのかを考えていた。

 彼は長方形に「メモリ」と追記し、人の記号には「CPU」と書き加えた。



「――ようは工場の設備は常に最先端にあるのだと思って下さい。つまり、優秀な人材と設備、それを設置するスペースとすべて揃っているわけです」


「これがわしのパソコンの中ならなんの問題もないじゃないか?」


「そうですね。ですが、この状況でも家やお店に商品が行き渡らなくなることがあります。それは『物流』の問題ですね」


 宍戸は最初の長方形と周りに描いた家などを結ぶ「矢印」に丸を付けた。


「人材とスペースは買ったときから変わっていないんです。ただ、アップデートによって設備の性能はあがり、より生産は加速しています。ただ、物流に関しても買ったときのまま。つまり、パソコンのなかで大渋滞が起こってるんですよ?」


 この「渋滞」こそが亀井のパソコンが遅い理由。宍戸は矢印のところに「ディスクアクセス」と書き加えた。


「これを改善するにはパソコンの中にある記録装置、HDD(ハードディスクドライブ)を交換しないといけません。今ならSSD(ソリッドステートドライブ)といって劇的にスピードを上げる部品もあったりします」


 宍戸はコピー用紙の余白にSSDの値段と部品交換の作業工賃を書き足した。


「なんだい? 結局は理由を付けて品物を売りつけるつもりなのか?」


 書かれた費用は合算して約30,000円ほど。亀井はそれを見て、拒絶するように手を振ってみせた。


「あくまで今のは『こうしたらどうか?』という僕なりの提案です。押し付けるつもりは一切ありませんし、今のままでも我慢すればパソコンは十分使えると思います」


 彼はここまで言ったあと、一呼吸置いてから続きを口にした。


「ただ、亀井さんが本当に望んでいることはパソコンが今より快適に動いた方が実現しやすいのではないですか? きっと今日だってで相談にいらしたのでしょう?」

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