第12話 感謝

 亀井のパソコンに購入してもらったSSDをUSB端子でつなぐ。専用ソフトをパソコンに入れ、亀井のパソコンのハードディスクの中身をそのままSSDにコピーし「クローン」をつくり出す。


 そのあと、機器を分解してHDDとSSDの入れ替える。何事もなければこれで「SSD換装」の工程は完了する。パソコンのデータはおろか、導入していたソフトやデスクトップの配置などなにからなにまで今までと一切変わらず、ただ動作だけは著しく改善するのだ。


 もっとも市販で売られているパソコンはそもそも部品交換を前提としていない。ゆえに、こうした一種の改造は予期せぬトラブルを誘発することもある。それを見越して宍戸は2,3日という猶予期間をもらったのだ。



 もっとも趣味の延長で、自分のパソコンでも似たようなことをしている彼にとっては特別に難しい作業ではない。念入りの動作検証期間を含めても、2日あれば十分のようだ。


 宍戸は部品交換を施したパソコンを数回再起動させる。有名国内メーカーのロゴが表示されてから、すぐに起動パスワード画面に切り替わり、その後のデスクトップ表示までも非常に速かった。


「いやー、見違えるスピードになったねえ。これなら亀井さんも満足するだろうさ」


 横から作業を覗いていた中嶋が感嘆の声を上げていた。お客の性格をよく知っているため、目に見える変化がないと納得してもらえないだろうと内心冷や冷やしていたようだ。


 機器の動作が安定していることを確認すると、宍戸は亀井へパソコン引き渡しの連絡を入れた。預かっていた期間は2日。パソコンの状態や作業に要した時間含め、すべて想定内で納まったようだ。



 電話を受けた亀井はその日のうちにナカジマ電気店へやって来た。いつものカウンターで宍戸と向かい合い、パソコンの動作確認をする。

 彼の今までの感覚では電源を入れてから操作できる画面に切り替わるまで、ひと仕事できるくらいの時間を要していた。ところが、SSD換装を終えた機器はものの10秒足らずでパスワードの入力を求めてくる。これには亀井も驚いたようだ。


 ただ、お金を払って依頼をしたのだからこれくらいは当然とばかりに、亀井は特にお礼をするでもなくパソコンを触り始めた。そして、懐から小さなメモ用紙を取り出し、宍戸へ見せた。


「あんたに言われた通りに息子と話してメモをとってきた。これでいいのか?」


 宍戸は「拝見させてもらいます」と一言添えて、メモ用紙を受け取り、ふむふむとひとり納得する素振りをみせる。


「息子様がご利用されてるサービスがわかりました。今からこのパソコンで、フレンド申請を行います。受諾されれば、メッセージのやりとりやテレビ電話も無料で使えるようになりますよ」


 そう言って、亀井のパソコンを一旦自分の方へと向けて宍戸は操作し始めた。そして5分とかからずその作業を終えたようだ。

 パソコンを横向きにし、宍戸は亀井と双方から画面を見れるようにした。デスクトップ上に1つ、新しいアイコンが追加されている。


「このマークを押してもらうと――、このような画面が出てきます。フレンドの一覧が左に表示されていますが、今は息子様1人なのでそれを選べば間違いありません」


 どうやら宍戸が簡単な説明をしている間に、亀井の息子はフレンド登録の申請を受理してくれたようだ。先日の親からの聞き取りから状況を察してくれていたのかもしれない。


 宍戸はパソコンに入れたSNSのアプリの操作方法をゆっくりと丁寧に、同じ操作を何度も往復しながら伝えていく。亀井はそれを聞きながら、手持ちの端がくたびれた手帳にメモをとっていた。


 とりあえず「テスト」と入力して、1通のメッセージを送った。すると、すぐに彼の息子から返信のメッセージが届く。



『メッセージありがとう。これからはマメに連絡します』



 ありふれたパソコン上のテキストを見ながら、宍戸と亀井は一瞬言葉に詰まる。ただ、お互いかすかに口元が緩んでいるようだった。


「もし、操作で迷われたらいつでもご相談ください。内容によって、いつでも無料とはいきませんが……」


「ふん……。この程度ならすぐに覚えられる。まあ、機械の動きはたしかによくはなったかな」



 亀井は宍戸の顔を見ようとはせず、SNSのアプリを閉じようとした。そのとき、彼の息子から1通のメッセージ――、ではなく、画像が送られてきた。


 まるで時が止まったかのようにパソコンの画面に釘付けになる亀井。宍戸も無言で彼の様子を見守っており、店主の中嶋はそれを不思議そうに遠目で見ていた。



「――宍戸さん。今回は世話になったな。ありがとう」



 中嶋は驚いてた。亀井は滅多にお礼を口にするようなことはなく、さらに今は丁寧に頭を下げているのだ。

 彼は店の中を迂回しながら亀井の後ろに回り込み、パソコンの画面を覗いて見た。そこには、七五三かなにかだろうか――、息子夫婦と、千歳雨を握ったお孫さんと思しき笑顔の子どもが映った写真が表示されていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る