第14話 コンピュータウイルス
「いやー、自分の自転車のチェーンが外れてしまいましてね! 往生してるところを宍戸さんが通りかかって助けてもらったんです!」
ナカジマ電気店に着くと、熊谷は店主の中嶋にもっともらしい嘘を言った。それを聞いて宍戸は、苦笑いを浮かべながらも内心ホッとするのだった。
熊谷が去ったあと、中嶋に改めて入店が遅れた旨を詫びる宍戸。だが、先ほどの嘘をすっかり鵜呑みにしている彼は、特に遅刻に対して言及しなかった。加えて、この天気では、時間通り来たところでお店が忙しいことはなかったのだろう。
「そういえば――、宍戸さんが注文してた商品入って来たよ? ネットワークカメラだっけ?」
「ああ、ありがとうございます。あとでお支払いしますので、カウンター裏にでも置いといてください」
中嶋は珍しい商品が入荷してきたことに驚いていたが、宍戸が自分のために購入したものと知って納得したようだ。
「これって――、撮った映像をそのままパソコンとかスマホで見れるようにできるやつだっけ?」
「そうです。家の仕事でちょっと使う宛てがありまして」
宍戸が注文したものは同系統の商品の中でもそれなりに高価な部類のもの。ただ、彼は家で行っている仕事については具体的に話そうとしない。
中嶋も何度か尋ねていたが、はぐらかされてしまうのだ。今となってはそれ自体についてあまり聞かないようになっている。
雨の音が一段と強くなり店内に響いてくる。帰りの時間には止んでくれるといいな、と宍戸は思いながら、店の中での仕事を探した。
すると、店の扉が勢いよく開いて1人の客が飛び込んできた。
「ああ、中嶋さんに宍戸さん! ちょっと助けてもらえないかい!?」
やって来たお客は「岩見」というここの常連。村の商工会で働ている男で、年は50半ばくらいだろうか、年齢を隠すように艶の少ない黒で頭髪を染め上げていた。
岩見が小脇に抱えているものが、新聞紙に包んだノートパソコンだとわかり、中嶋の視線は宍戸へと向く。彼はそれに無言で頷いて応え、とりあえずはお客をカウンターの席へと誘導するのだった。
「パソコンがおかしなことになってしまってさ! どうにもならなくて、そのまま持ってきたんだよ!」
そう言って岩見は、濡れた箇所のある新聞紙を解き、ノートパソコンを出してカウンターの上に置いた。電源コードを繋ぎ、画面を開けると、いきなり警告の文字が目に飛び込んでくる。
どうやら電源を切らずに、ノートパソコンを閉じただけでそのまま持ってきたようだ。
『※警告! あなたのパソコンはウィルス(トロイの木馬)に感染しました。至急、下記番号へ連絡し、駆除をおこなって下さい』
この文言が画面いっぱいに表示されており、050から始まる電話番号が下の方に表示されていた。
「ちょっと調べ物をしていたら急にこの画面が出てきてさ、消そうにも、なんの操作もできないし、ピーピーずっと変な音が鳴ってるんだよ!」
宍戸が確認すると、どうやら岩見は緊急措置で音量を0にしたようだ。スピーカーのマークを押して、音量を上げるとロボットのような声で「ウィルスに感染しました」と聞こえ、続けてピーピーと高い音が鳴った。
音を元の0に戻した後、宍戸は普段よりもずっとゆっくりとした口調で、岩見に視線を合わせて話始めた。おそらく、彼を落ち着かせる意味合いもあってのことだろう。
「パソコンの状態はこれから調べますが……、岩見さんは、この連絡先に電話はしておりませんか?」
「あ…、えっーと……、一度電話したんだけど、出た人がなんていうか、片言の日本語でさ。怪しいから途中で切っちゃったんだ」
岩見の返答を聞いて、宍戸はかすかに口角を上げ諭すように話した。
「それなら安心しました。まず、結論から言いますと――、近年被害件数がとても多い詐欺の一種です」
「詐欺? やっぱり、これは詐欺なのか……?」
「はい。まだパソコンについては詳しく見てませんので、確かなことは言えませんが、おそらく何事もないと思います」
「何事もない? この『トロイの木馬』っていうのは?」
「一応、『トロイの木馬』は時限式のコンピュータウイルスの総称として存在しています。世界の歴史に出てきたように――、中に潜伏して一定期間すると発動するタイプのものですね」
岩見は「コンピュータウイルス」の単語を聞いて、表情を歪ませた。彼曰く、このパソコンには商工会の大事な情報や町内会で使うたくさんのメールアドレスが入っているそうだ。
宍戸はまず、なぜそんな情報が個人用のパソコンに入っているのか疑問に思ったが、あえてそこは口にしなかった。
「落ち着いてください、岩見さん。『トロイの木馬』はたしかにありますが、それがこのパソコンに入ってしまったかどうかは別問題です。そして、おそらくですが――、そんなものは入っていないと思われます」
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