第15話 世代

 ウイルスは入っていない。


 その言葉に岩見は心底安堵したようだ。大きく息をつき、胸をなでおろした。中嶋が冷たい水を差し出すと、彼はそれを勢いよく飲み干し今度は咽せはじめた。


 宍戸は、「ウイルスのチェックをします」と言ってパソコンの画面を自分の方に向け、操作をしながら今起こっていることについての説明を始めた。



「画面に出ていたのは、広告の一種くらいに思って下さい。実際にパソコンになにか起こっているかは関係なく、使い手の不安を煽るのが目的です」


 パソコンユーザーの不安を煽り、例の電話番号へ連絡させるのが狙い。そして多くの場合、これらの電話は海外のコールセンターへと繋がり、電話口の人間は使用者を言葉巧みに誘導して遠隔操作の権限を得ようとする。


 実際に操作権限を得られてしまうとパソコンに悪さをされる可能性が出てくる。だが、裏を返せば、そこに至らなければなにも悪さされないのだ。



「多くの場合、プリペイド式のカード購入を要求し、お金を騙し取ろうとしてきます。ですが、遠隔操作を許したなら実際にウイルスを仕込まれたりする可能性もありますので、そこに至らないようにするのが大事ですね」


「けっ…けど、宍戸さん。実際にパソコンの操作がきかなかったり、警告の音が鳴ったりしてたけど――」


「あれも広告の仕掛けみたいなものですよ? 時々、ホームページとかで音楽が流れたりするのがあるじゃないですか? あれと同じです」


 音声での警告や鳴りやまない音を出すことで、ユーザー心理を刺激し、冷静な判断をできないようにしているのだろう。

 頭を冷やせばおかしいと気付けることかもしれないが、数打てば一定の割合で引っかかる人間も現れるであろうことは容易に想像できた。


「念のため、1日お預かりしてもいいですか? ウイルスチェックをしっかり行うには意外と時間がかかります。大丈夫だとは思うのですが、万が一がないとは言い切れませんので」


 なんとか冷静さを取り戻した岩見は宍戸の提案に従う。


「あとは……、これも念のためですが、身に覚えのない電話番号から電話がかかってきた場合は注意してください」


 途中で切ったにしろ、岩見が一度はパソコンに表示された電話番号に電話している以上、相手側に彼の番号が知られている可能性は否定できない。なにか悪意のある電話がくることも十分考えられた。


「わかった、ありがとう! いやいや……、宍戸さんみたいにパソコンに明るい人が村にいてくれるとホント頼りになるね」



「おやおや、電気屋の親仁じゃ頼りになりませんかね?」



 冗談めかして中嶋が口を挟む。それを聞いて宍戸は笑っていた。――ともあれ、岩見は安心して、宍戸にパソコンを預けていくのだった。



「個人で電気屋やってる人らでの寄合みたいなのがあるんだけど、そこでも今みたいなパソコンの詐欺被害が増えてるって話が出てたよ? 嫌な世の中だねえ」


「感染症被害に伴って、これまでパソコンに触れてこなかった人でも扱うようになっていますから。いわゆるITリテラシーが低い方が以前より多いのでしょう。ゆえにこうした被害も増えてしまうんだと思います」


 宍戸は岩見のパソコンにウイルスチェックソフトを入れ、「フルスキャン」のボタンをクリックしてからそう言った。


「ご家族であったり、ナカジマ電気店ここのような一種の駆け込み寺があれば被害は防げますが、中にはそういった相談相手がいない人もいるでしょうから大変ですね」


「まあパソコン、スマホに限っては宍戸さんのおかげで駆け込み寺やれてるところはあるけどね! オレらの世代は若い時にそういう機械を触ってないからどうにも覚えられないんだよ」



「お役に立てているなら、なによりです」



 宍戸は外の大雨を見つめながら、涼しい表情で一言、そう言った。

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