第24話 冷静
宍戸が百合子から鹿ヶ峰神社を案内してもらった日の夜中。
風呂から上がった宍戸は、まだ火照っている身体をゆっくりと伸ばしてストレッチをしていた。太腿のあたりに早くも筋肉痛と思われる鈍痛がある。その日のうちに痛みが来るのなら、まだまだ若い方だと彼は思っていた。
薄手のTシャツに柔らかい生地のハープパンツを履き、首にタオルをかけている。髪の毛は生乾きのまま、冷蔵庫を開けてミネラルウォーターのボトルを取り出し、直接に口に含んだ。
飲み物の類は水しか入っていない。どうやら彼はお酒を飲まないようだ。
エアコンのきいた部屋でさらに扇風機の電源も入れて、彼はパソコンを置いているデスクの前に座った。
マウスを小刻みに動かし、キーボードを慣れた手つきで叩いている。――かと思えば、ぴたりと手を止めてぼんやりと考え事をするように家の電灯を見つめている。
どこかから紛れ込んだのか、3cmほどはありそうな蛾が何度も灯りにぶつかっていた。彼は面倒くさそうにひとつため息をつくと、玄関口へと歩いて行き、下駄箱付近に置いている殺虫剤のスプレーを持ってきた。
数秒ほど吹きかけると、蛾は木の葉のようにひらりひらりと床に落下していった。宍戸はそれをティッシュペーパーを上から被せて掴み、ゴミ箱に放った。近くにあった団扇で殺虫剤の臭いを散らそうと扇いでいる。
念のため、他に虫が入っていないか確認をした後、彼は再び玄関口の方へ行き、スプレーの缶を元あった場所へと戻す。
――そのとき。
部屋で大きな音が鳴った。宍戸はビクッと一瞬肩がはね上がり、急に呼吸が乱れた。
彼は、今の音がガラスの割れる音だとすぐに理解できていた。しかし、それが窓ガラスを割って何者かが侵入してきた音なのか、それともなにかが投げ込まれてガラスが割れた音なのか――、それ以外になにかあり得るか……、わからないでいた。
玄関からは人の侵入した気配は感じられない。宍戸は念のため、なにか武器になりそうなものがないかを目で探していた。
そして、何年か前に趣味にしようとかと買って以来、ほとんど使っていないゴルフのアイアンがあったことを思い出した。
幸いにも下駄箱の傘立てに傘と一緒に突っ込んでいたそれを片手に、彼は恐る恐る自分の部屋へと戻っていく。
そして目にしたのは、遮光カーテンの下に飛び散ったガラスの破片とソフトボールくらいの大きさをした白い「なにか」の塊だった。
とりあえず侵入者がいないとわかった途端、宍戸の緊張は一気に解けたようだ。肩から力が抜け、アイアンもその場で手を離し床に転がした。
ゆっくり窓の付近に近付くと、白いなにかが単に白紙を巻き付けただけの石だとわかった。
彼は念のため、引っ越しの時に使った段ボールを押し入れから引っ張り出し、カッターナイフで窓枠の大きさに切り、それを割れた窓に当ててガムテープで固定した。
再び――、いや三度、玄関へ行って小さな箒と塵取りを持ってきた彼は、窓ガラスの破片をキレイに掃きとり、新聞紙に包んでゴミ箱に捨てた。
何者かの侵入ではないとわかった途端、宍戸の行動は妙に落ち着いていた。普通なら恐怖に震え、次に警察へ一報を入れるのだろう。だが、彼はスマートフォンが手元にあるにもかかわらず、誰かに連絡を取る素振りをまったく見せない。
ガラスの破片を拾い終えた後は、投げ込まれた石を包んでいる紙を丁寧に解き、そこになにか書かれていないかを確認している。
そして、彼が予想した通りそこに書かれたメッセージを見つけると、彼は呆れたようにため息をついて呟いた。
「――まったく、飽きずにいつまで続けるつもりなんだか……」
紙には、なにかを呪うようにぎっしりとこう書かれていた。
『消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ……』
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