第49話 悪意
宍戸が消息を絶った後、彼が勤めていた「ナカジマ電気店」には、ノートパソコンを抱えたり、スマートフォンを手に持って相談にやって来るお客が殺到していた。
内容のほとんどが、「不正なメールが届く」、「身に覚えのない電話番号から何度も電話がかかってくる」といったもの。
店主の中嶋は右往左往しながら、基本的には「無視していたら大丈夫」と相談客に伝えていた。
しかし、中にはそうもいかない内容も含まれていた。
クレジットカードの不正利用が疑われるもの、通信販売の会社から記憶にない請求のメールが届いたりするケースもあった。
宍戸がウイルスを通じて個人情報を拡散させてしまったせいか、クレジットカードの請求も、その請求が不正なものなのか、それとも請求自体は正規のもので不正に利用をされているのか……、この判断すらがむずかしい状態に陥っている。
通信販売に関しても同じことが言えて、一体どこまでが正しくてどこからがおかしいのか、さまざまな情報が錯綜してまさに混迷を極める状態に陥っていた。
その中の一部には、海外のインターネットサイトでクレジットカードの利用が確認され、カード会社からの連絡によって利用を停止させた人もいる。
彼らに共通しているのは、パソコンにかかわる「パスワード」を宍戸に伝えた過去があることだ。
多くの場合、人は複数のwebサイトで共通したパスワードを利用する。つまり、メールアドレスといったユーザー情報と、1つのパスワードが漏れることによってさまざまなサービスを不正に利用されるリスクがあるのだ。
また、場合によってはインターネットブラウザに複数のパスワードを記録させることもできる。それらをパソコンの起動パスワードを「マスターパスワード」として、すべて一覧として見る方法もあるのだ。
こうして直接的・間接的にせよ、宍戸に「お客」としてかかわった村人はさまざまなインターネット犯罪のリスクに悩まされることとなってしまった……。
村役場では、宍戸のアドバイスにより村おこしの一環として、SNSで鹿ヶ峰村の公式アカウントをつくっていた。その管理・運営を行っていた職員の「小田」は今、頭を抱えていた。
インターネット上で一時的にせよ流された性的表現含む村の行事の動画。その波紋は村の公式アカウントを直撃し、正式なものから悪戯も含めて、無数のメッセージが寄せられているのだ。
これはもはや一個人で処理できる情報量ではなくなっており、鹿ヶ峰村の公式アカウントは一時的な閉鎖状態に陥っていた。
SNSを使った情報発信にやる気を見出し、フォロワーの増減や投稿に対する反応に一喜一憂していた小田は、あまりの出来事に思考が追い付かず、体調を崩してしまった。
彼女が触れなければ、村の公式アカウントは実質、管理者不在の状態となり、今は好き勝手にコメントが飛び交う無法地帯と化している。
また、「生贄の儀」を映した動画に関しても次なる展開を見せていた。
元々はイヤらしい目を中心に広がりを見せていたのだが、ことは一転して一緒に映っている「老人たち」に目が向けられたのだ。
ほとんど後ろ姿しが映っていないのだが、鹿ヶ峰村の所在が確認されたことから、その村、もしくは周辺の有力者であろうことは容易に想像ができる。その中に、その地域から選出された衆院議員らしき人間の姿が映っていたのだ。
とある小さな寒村での騒ぎが一変して、議員を巻き込む話となってしまった。そして、こうしたネタに当然、マスコミは喰いついてくる。
結果として、中身を2転3転しながら鹿ヶ峰村の騒動はなかなか世間から忘れられずにいるのだった。
「宍戸 駿」――、彼が村からいなくなった後、村人やその情報は彼の手からも離れてインターネット上のさまざまな悪意に晒されているのだ。
今の状況から、彼は村にやってきたときからすでになんらかの計画を練っており、入念にそれを実行していったと考えられた。
問題は、なぜ彼がそれを行ったか?。
今回の事態は、村に大きな損害こそあれども、宍戸になんの利益ももたらしていない。そして、それゆえに警察の捜査も難航していた。
普通ならカードの不正利用者が犯人であったり、個人情報の売買で利益を得たりしているものだ。
だが、今回の事件はどこを調べても宍戸の痕跡が見当たらない。最初の「仕掛け」こそ彼が行っているのだが、その後はまったく無関係の、いわば「インターネットの世界に潜む悪意」にすべてを委ねているのだ。
彼はこれほど大それたことを、なんの目的で行ったのか?
単なる「悪戯」にしては準備含めて度が過ぎている。少なくとも現段階の捜査では、彼に直接利益があるようにも思えない。ならば、宍戸の目的は一体なんなのか?
警察の捜査は、「宍戸 駿」が何者なのかに焦点を当てていた。
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