第50話 裏の顔
動画配信サイトに投稿された「例の動画」、その撮影に使われたであろうカメラが後日、鹿ヶ峰神社の本殿から発見された。部屋の掛け軸に隠れるようにしてこっそり設置されていたのだ。
警察の捜査により、そのカメラからは村の駐在、熊谷の指紋が検出された。これにより、これまで「被害者」として扱われていた彼への聞き取りはその様相を変える。
言い逃れはできないと判断したのか、指紋の話から熊谷はあっさりとカメラを設置したことを認めた。
彼の話では、事の発端は村の奉納祭より数日前に遡る。
熊谷は宍戸から、動画で配信された村の行事、「生贄の儀」の隠し撮りの話を持ちかけられたそうだ。彼がそれに応じたのは今回起こった「配信」が目的ではなく、単に儀式を見たかっただけだという。
宍戸から、村の駐在として信頼されている熊谷ならカメラの設置も容易に行えるのでは? と頼まれ、彼はそれを実行に移したという。
祭りの当日、カメラを設置した熊谷は、鹿ヶ峰の麓にある駐車場に止めてあったワゴン車の中で宍戸と落ち合った。そこで彼からペットボトルの水をもらい、以後の記憶はないという。
熊谷の話に嘘はなく、おそらくは宍戸の計画に加担させられていたのだろう。警察の考えはこの方向で一致していた。
宍戸を追跡する唯一の手掛かりと思えた熊谷のスマートフォンも現在は使われていないようで、最終の発信は都心のど真ん中からだった。
宍戸がパソコンやスマートフォンを使ってさまざまな細工を施していたこともあり、警察は村人のそうした端末をいくつも調べていた。それにより、鹿ヶ峰村のもつ裏の顔を捜査官は知っていく。
熊谷が姿を消し、その容疑者として宍戸の名前があがった当初、村人への聞き取りからなる彼は、他所から来たばかりにしては村によく馴染んでいる人だった。
村の人は口を揃えて、「愛想のいい人」、「感じのいい人」と言い、電気屋で世話になった経験のある人は、「紳士的で頼りになる人」と彼について語った。
誰もが好印象で語り、悪事を働きそうな気配など微塵もなかったと話していた。
しかし、「生贄の儀」の配信が話題に上がり、コンピュータウイルスや情報漏洩が発覚すると、彼らの話は掌を返したように方向性を変えていく。
「不自然なほど馴れ馴れしいとは思っていた」
「愛想がよすぎて、逆に下心があるように見えた」
「引っ越して間もないのに、距離感が近過ぎて不気味だった」
村人の意見は途端に、彼が「不審者」であったかのような様相を見せる。さらに、捜査の都合で見せてもらった村人同士のスマートフォンでのメッセージには、一見すると恐怖すら感じる内容も存在した。
宍戸が引っ越して来てから彼の村での動きを観察するように、一部の村人たちは個別でやりとりをしていたのだ。
そこに、村人が当初話していた「感じのいい人」といった雰囲気は一切ない。
『あの余所者はなにしに村に来たんだろうか?』
『さっさといなくなってほしい』
『我が物顔で村の中を歩き回らないでもらいたい』
……
ここにある言葉は、きっと村人が宍戸に見せなかった裏の顔であり、本音だったのかもしれない。表面的には「村の一員」と言葉を連ねていたようだが、心の底では彼を「仲間」とは一切見なしていなかったようだ。
驚くことに、彼を雇っていた電気屋の店主すらもそれは同じだった。
村人とのやりとりで、「お客から宍戸さん、宍戸さんって指名されていい気になってるよ」と漏らしており、何人かと協力してこっそり彼が出勤で使っていた自転車を山の中に捨ててしまった、といったやりとりすら見つかっている。
店主の中嶋はこれを警察に追及され、しぶしぶ認めていた。表面的だけとはいえ、お客が宍戸ばかり頼って来店してくることに苛立ちを募らせていた、と語ったという。
村の人間が時折、自ら語るように鹿ヶ峰村はやはり「閉鎖的」な村なのだ。傍から見れば、人柄ゆえにすぐに打ち解けたかに見えた宍戸だったが、結局のところ、本心で彼を「村の一員」と認めていた人間はほとんどいなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます