第26話 本物と偽物

「さっ……、詐欺ですって!?」


 香川は雰囲気に似合わない大きな声を上げて驚いていた。宍戸はとりあえず、彼女を落ち着かせた後にゆっくりと、ひとつずつ状況を説明していく。



「お国主導のポイント贈呈で、突然メールが来るなんてありませんよ? ましてや2度もポイントがもらえるなんてありえません」



 彼はまず香川から、入力した情報がどういったものかの聞き取りをした。それはメールアドレスとクレジットカードの番号のようだ。


「今、ケータイはお持ちですか? まずはクレジットの会社に連絡をしてカードを止めてもらいましょう。暗証番号がなければ不正利用はできないと思いますが、万が一もありますから」


 そう言って、彼女のカードの裏面を確認し、問い合わせ先の電話番号を見つける。



 香川はカードの停止の手続きと新しいカードの発送手続きをその場で済ませた。幸いにも彼女のカードがなにか不正な取引に使われた形跡はないらしい。

 宍戸は続けて、入力してしまったメールアドレスの利用状況を確認する。ほとんど広告・宣伝のメールを受け取っているだけとわかると、そのアドレスは廃止して、必要であれば別のアドレスをつくる提案をした。



「――フィッシング? といいました? 言われなければ全然詐欺と気付きませんでしたわ。恐ろしいものですわね」


「そうですね。昨今のパソコンを通じた犯罪の中でも、被害が急増していると聞きます」


 宍戸は返事をしながら、お店の作業用ノートパソコンを持って来て、そこに表示されている画面を見るようにいった。


 それは有名な海外の通信販売の会社「A to Z」のホームページだ。


 さらに彼は自分のスマートフォンに同じく「A to Z」の画面を出して、香川にそれを見せる。



「どちらも『A to Z』のページですが、片方は偽物です。見分けがつきますか?」



 宍戸の問いに、香川はまるで間違い探しでもするかのように両方の画面を行ったり来たりしている。しかし、1分程経ったくらいで「まったくわかりませんわ」と言った。


「正直申し上げますと、僕みたいにパソコンをよく扱う人間でもこれらの区別は非常にむずかしいです」


 そう前置きをしつつ、彼は「本物」と「偽物」の違いについて話始めた。



 まず、メールの場合、本物ならメール本文の冒頭には、登録しているユーザー、すなわちお客様名が記載されていることが多い。一方で偽物は、不特定多数に送り付けているため「お客様へ」などといった曖昧な記載がされている。


 他にもメール途中にある問い合わせ先の電話番号が「050」、いわゆるIP電話となっていたり、メールアドレスが不自然で合ったりと――、わかっていればそれなりにおかしなところを見つけられる。


 ただ、あくまでこれは「偽物」と思って見ているがゆえに発見できるのだ。



「どれだけ警戒しても完全に見抜くのは困難です。ですから、メールで届くホームページへのリンクは、いっそ開かない方がいいかもしれません」


「でも、中には本当に中身を見ないといけないメールもあるわけでしょう?」


「仰る通りです。ただ、それらはサービス元のホームページに入れば必ず確認できます。少々手間にはなりますが、メール配信元のホームページを検索で開くか、お気に入り登録しておくのがいいと思いますね」


 香川は宍戸の話を聞きながら何度も頷き、丁寧なお辞儀をして、ノートパソコンを風呂敷に包んで持って帰った。

 その様子を、自転車を運んでから戻って来た店長の中嶋が見送る。


「ありがとう、宍戸さん。自転車は修理に出しといたから帰るときに、向こうのお店に寄って行ったらいいよ」


「いいえ、こちらこそありがとうございました。――ですが、今のお客様、なにもわざわざ僕の出勤を待たなくても店長で見れたのではないですか?」


 宍戸の疑問はもっともだった。彼が引っ越して来てここで働き出す前は、中嶋がこうした相談を受けて対処してきたわけだ。


「いやー、なんていうか……、宍戸さん指名で来られてるからさ。オレだとがっかりされちまうかなって――」


 宍戸はそれを否定しながらも、ふと疑問に思っていた。先ほどのお客「香川」とは特に面識がなかったからだ。あえて指名される覚えも彼にはない。


「何度も言ってるけどさ、狭い村だからね。宍戸さんが頼りになるって噂で広がってるんだよ? パソコンの持ち込み相談なんて、オレひとりでやってたときより明らかに数が増えてるからねえ」

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